ある日の事だ。私は何時ものようにロコンと散歩をしていた。地面は紅と黄の紅葉の絨毯。町も、小路も秋一色に染まりつつある。ひらひらと木から落ちる葉を、ロコンは楽しそうに追いかける。私はロコンを追いかけるように歩いていると、しゃらん、と音がした。ふと、足下を見ると、落ち葉に埋もれた一本の簪が落ちていた。拾い上げると、しゃらん、と音が鳴る。やはりこの簪が音の元のようだ。赤い珠の付いた、綺麗な装飾が施してある簪。

「…誰の、かな?」

エンジュの舞妓さんの物かもしれない。もし違っていても、ポケモンセンターに届けよう、持ち主が探してるかもしれない。そう思ったとき、ロコンが唸った。私の後ろを睨み付けて、威嚇をしている。

「ロ、コン?どうした」
「―――もし、」

何故か、背筋が凍ったような感覚に陥った。ただ、後ろから声を掛けられたらと言うだけの話なのに、
声は女性のものだ。私はゆっくりと後ろに体を向けた。やはり、そこには女性がいた。赤い着物を着た、物腰の柔らかそうな綺麗な女性が。女性は、にっこりと笑って口を開いた

「すいません、この辺りに簪は落ちていなかったでしょうか?赤い珠のついた簪なのですが…」

「あ、これではないでしょうか?」

先程見つけた簪を見せると、その女性は笑った

「ええ、これです。貴女が拾ってくださったのね、ありがとう」

「いえ、」

簪を女性に手渡す。少しだけ、女性の手が私の手に触れた。女性の手は、酷く冷たかった。しゃらん、と簪が音をたてる

「貴女、お名前はなんというのかしら?」

「リンといいます」

「そう…リンさん、というの」

笑 っ た 。背筋が凍る、寒い、冬みたいに寒い。何だろう…、この人は、怖い、怖い、怖い。
相変わらず、ロコンは唸っていた。その女性を睨み続けて。女性はロコンを一瞥する。

「リンさん、簪を拾ってくれて本当にありがとう。では、縁がありましたらまたお会いしましょう」

そう言って、その女性はエンジュの方へ歩いて行った。あんな人、エンジュに居たかな?と首を傾げた。ロコンは威嚇をやめていたが、女性が歩いて行った方をずっと睨み付けていた。人懐っこいロコンが、こんなになるなんて、初めて見た。私も女性が歩いて行った方を暫く、見つめていた。



×××

散歩から帰ってエンジュに戻ってきた私とロコン。あ、そうだロコン、たい焼き買って帰ろうか?とロコンに聞くと、きゅう!と元気よく頷いた。


「あ、マツバくん」

「リン」

たい焼き屋の前でマツバくんと会った。マツバくんの手にはたい焼き屋の紙袋

「マツバくんも買いに来たんだね」

「ゲンガーが食べたい、って聞かないものだからね。仕方なく」

マツバくんの後ろでふよふよ浮いているゲンガーを見た。マツバくんのゲンガーは食い意地が張ってる。この前だってマツバくんにあげたお菓子、ゲンガーが全部食べちゃったって聞いた。私、そういう事も考えてだいぶ多めに用意したのに


「散歩の帰りかい?」

「うん、紅葉の絨毯がすごく綺麗だった!もうすっかり秋だね」

「スズネの小道もすごく綺麗だよ。今度連れて行ってあげるよ」

「…あそこ、認められた人じゃないと入っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「スズネの小道くらいなら平気だよ、僕もついてるし」

「そっか…それなら、行きたいな」

そう言った時、ぺちぺちと靴を叩かれた。下を見ると、早く早くとせがむロコン。この子もだいぶ食い意地が張っている。笑いながら、ロコンを抱き上げた。小豆餡と、あ、秋限定の栗餡がある!あとはカスタードクリームを買って…っと。お店の人にお金を払い、紙袋を受け取った。紙袋ってなんかお洒落だよね、老舗って感じで


「結構買ったね」

「これくらい買わないと、ロコンに全部食べちゃって私が食べられなくなるの」

「ゲンガーもロコンも、遠慮ってものをしないからね」
「ね」

なんて、笑い合った。
日も暮れてきたし、帰ろうか。と私とマツバくんは歩きだした。マツバくんは私のお隣の家に住んでいる。だから帰り道も一緒


「…うーん、」

「?なぁに?マツバくん」

何故かマツバくんは私の顔を見て首を傾げる。私の顔に何かついてる?

「いや、気のせい…。ねぇリン、誰かに会った?」

「今マツバくんに会ってるよ?」

「いや、そうじゃなくてね。うん、やっぱり気のせいだ」

「…?あ、わかった!」

「何が?」

「ミナキくんには会ってないよ!」

「…うん、彼じゃなくてね」

あれ?てっきりミナキくんを探しているのかと思ったんだけどな、違ったみたい。誰かと、会った…あ、


「女の人に会った」

そうだ、散歩中に女の人に会ったんだった。簪を落とした、人。

「女の人?」

「うん、着物着た綺麗な女の人」

「着物…舞妓さんかい?」

「ううん、知らない人だった。エンジュの人だとは思うんだけど。」

「…ふうん、」

何かを考え込む様子のマツバくん。着物着てる人もエンジュじゃそんなに珍しくないと思うんだけどな。

「リン」

「なぁに?マツバくん」

「何か、拾わなかったかい?」

「…うん、簪、拾った。」

「それ、今何処にある?」

「さっき言った女の人の物だったみたい。返してあげたよ」

「…もう一つ、リンのロコン、その女性に威嚇しなかったかい?」

「威嚇、した。人懐っこいロコンが珍しいよね…どうしたんだろうね」

「…………」

「…マツバくん?」

それを聞くとそれっきり、マツバくんは家に着くまで一言も喋らなかった。家の前に着いて、マツバくんは漸く口を開いた。

「リン、よく聞いて」

「?うん」

「何かあったら僕を呼ぶこと、いいね?あと、夜はなるべく外に出ない事。昼夜問わずロコンを連れて外に出ること。」

「う、うん」

「昼間の散歩は僕も付き合ってあげるから」

「え、でもジムは…?」
「いいから。分かったね?」

「…うん、わかった」

そう言うと、マツバくんは私の頭を撫でた。私、子供じゃないんだけどな。


「いい?けして一人で外に出ては行けないよ。でないと……」







連れて行かれるから、ね



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鵺(ヌエ)
日本で伝承される妖怪
得体の知れない者をいう場合もある