「マツバや、挑戦者が来ているよ」

「はい、今行きます」

僕は、自分の世界に戻ってきていた。勿論一人で。不思議なことに、こっちの世界では時間は殆ど進んでいなかった。夢、だったのだろうか。でも僕は覚えている、紗季の事を、ちゃんと覚えている。声も姿も、触れた感覚も、忘れない。

さて、行こうか。やる気満々のゲンガーを連れてジムへ向かった。





×××

バトルは呆気なく終わった。出番はあったけど、ゲンガーは不満そうな顔をしている。うん、そんな顔されたって僕にはどうすることも出来ないから

「あともう一人、挑戦者が来るよ」

と、イタコさんが教えてくれた。ニンマリ笑うゲンガー、その様子にちょっと笑ってしまった。

暫くすると、帽子を深く被った子がやってきた。帽子を深く被っているせいで、顔はわからない。わからない、筈なのに僕にはそれが誰なのか、わかってしまった。でも、それは、そんな、有り得ない、有り得るはずがない。でも、この子は

「私、寂しくて寂しくて、死んじゃいそうになるんです。それまで、私は一人で暮らしてたのに、すごくすごく寂しいんです。」

聞き覚えのある声。忘れるはずがない、愛しいあの子の。

「マツバさんのせいです。全部全部マツバさんのせい。寂しい朝も、誰もいない部屋がひどく怖いのも、毎晩泣いちゃうのも、全部マツバさんのせい」

呆然とする僕に、ゆっくりその子が近づく。

「責任、取ってください。私、自分に我儘になるって決めたんです。だから、」

その子が、僕に抱きついた。拍子に、その子の帽子が地面に落ちた。


「ずっと一緒にいてください」

ずっとですからね、と紗季ちゃんは笑った。僕は笑って紗季ちゃんを抱きしめた。




(抱きしめた紗季ちゃんは、とても暖かかった)