「…紗季ちゃん、もうやめといたほうが…」

「ふふー!まだ飲めますー」

にこにこ笑いながら、手に持つそれを口に付ける。床には空き缶が無数に転がっている。お酒って怖いなぁ。僕も結構飲んでるんだけど、紗季ちゃんを見てると酔うに酔えない。プシュっと音がした、また開けてるし…もうそろそろほんとに止めないとまずい。

「紗季ちゃん、いい加減にしなさい」

「マツバさんももっと飲まないとー」

「もう充分だよ」

「えー、マツバさん下戸ですかー?」

「結構飲んだんだけどな。じゃなくて、ほらおしまい」

紗季ちゃんの手からお酒を奪った。開けたばっかりの筈なのに既に空に近いってどういう事だ。飲むの早すぎるよ

「あー!!!私のお酒!」

「おーしーまーい!」

僕からお酒を奪い返そうとする紗季ちゃんの頭をお酒を持っていない手で押さえる。腕の長さのリーチで紗季ちゃんの手は僕に届かない。それでも必死に手を伸ばす、どんだけ飲みたいんだこの子は。


「私からお酒を奪ってどうする気ですかぁ!マツバさんのキス魔ぁ!!」

「別にキス魔じゃ」

「それじゃあなんなんですか!いつも抱きついて来てはキスして!セクハラです!」

「紗季ちゃん嫌がってないからセクハラにならないよ」

「嫌がればいいんですか!それなら今度から近づいてきたマツバさんを平手打ちでもすればいいんですか!?」

「………」

「いっつも抱きついてきて!料理中とか危ないのに、構わずいっつも!テレビ見てるときも!寝てる時も!抱きついたりキスしてきたり!てかなんで私の寝室入って来てるんですか!?部屋は別でしょ!本当に殴りますよ!!」

バンバンと机を叩きながらマシンガントーク炸裂。机がぎしりと軋む音が聞こえた。紗季ちゃん、本気で殴ってきたらすごく痛そうだ。

「もう、本当に…なんなんですか…。別に、恋人でもないのに、からかってるんですか……?」

急に、弱々しくなる声。
からかう、という言葉に体が熱くなる。

「僕はからかってなんか…!」

「からかってなきゃ、なんなんですか!いつか、…いつか―――」



「…………え?」

ガッ、と鈍い音。紗季ちゃんが机にうつ伏せた。
寝息が聞こえる。え…?寝た?ほんとに?机にうつぶせになった紗季ちゃんの肩をを少しだけ揺らす、が応答無し。本当に寝てるみたいだ。寝る直前に言った、紗季ちゃんの言葉を復唱する。


「いつか――帰っちゃうくせに、か」

いつか帰っちゃうくせに、あまり優しくしないでください。寝る前紗季ちゃんは確かにそう言った。そう言われると、弱るなぁ。僕は此処の世界の住人じゃない、僕の帰るべき場所がある。わかってる、それはわかってるけど、


「離れたく、ないよなぁ…」

本音。帰りたくないわけじゃない、でも帰りたくない。離れるのは、嫌なのだ。いっそ、紗季ちゃんを連れていければいいのに。なんて、ね。

人は在るべき場所に在るべきだ。僕はこの世界に在るべき存在ではないし、僕の世界でも紗季ちゃんは在るべき存在ではない。――いつか、僕は自分の在るべき場所に戻る。抗うことは出来ない。しては、いけない。そう、わかっているけれど。
紗季ちゃんの頭を撫で、僕は目を伏せた。






きみのいないみらいなんて、