なんだコイツは、と思った。ミフユは走って何処かへ行ってしまった。私の具合の悪さも、何処かへ行った。頭が、妙にすっきりして、それなのに熱い。ああ、私は怒ってるのか。当たり前、だろうな。

「お前は、」

「あ?」

「ミフユの恋人ではないのか、」

「…そうだけど。そういうアンタは違うのか?ミフユの彼氏」

「私とミフユは唯の、友達だ」

「はぁ?マジで友達なのかよ…」

別れる口実になったのに…いや、もうこれ、この状況じゃ別れるか。なんて、その男は言った。分かってはいたが、この男最低だ。彼女の、ミフユの今にも泣きだしそうな顔を見て、何も感じなかったのだろうか。何故この状況で、この男は笑っていられるのだろうか。




「どうせ男とミフユ別れるし、お前ミフユと付き合っちゃえば?」




掌を握りしめた。ミフユとこんなヤツが付き合っていたなんて、悔しくて仕方ない。ああ、ムカつく。コイツは、許さない。


「なぁ、私とポケモンバトルをしないか?」

「はァ?めんどくせぇ」

「…ふっ、そう言うな。私が勝ったら…二度とミフユに近づくな」

睨むように男を見た
ミフユを傷つける者は許さない

「やっぱアンタミフユに惚れてるんだ?…面白そうだし、良いぜバトル?俺が勝ったら――…」

コイツが勝ったら、なんて話は聞かない。私が、エリートトレーナーで、ミフユの友である私が、こんな最低な男に負けるはずがないだろう?ベンチから立ち上がり、ボールを握りしめた。こんな奴、完膚なきまでに潰してやる。

「俺にバトルを挑んだ事、後悔するんだな!いけ、ナゲキ!」

「それはこっちのセリフだ。いくぞ、ココロモリ!」



この男を倒したら、すぐにミフユを探しに行こう。きっと、泣いているだろうから。だから、直ぐに終わらせてやる。

(言いたいことは、沢山ある)














×××

走って走って、カミツレが居るライモンジムに飛び込んだ。ジムの入り口の直ぐ近くに居たカミツレは、飛び込んできた私にびっくりしていた。そんなカミツレの様子に構わず、私は泣きながら、カミツレに抱きついた。カミツレは何も言わずに抱き返し、トントンと背中を叩いた、あやすようにゆっくりと。そんなカミツレの優しさに、更に涙が溢れ出てきた。

「どうしたの?何があったの?」

優しく問うカミツレ。私はゆっくり、たどたどしく、先程の出来事を口にした。ちゃんと、言葉になっていただろうか。頭がぐちゃぐちゃで、自分が何を言っているのかもわからない状態だった。

とりあえずカミツレは私を立たせ、ジムの裏手にある部屋に連れて行った。



「…っ、…は、っごめん、カミツレ…いきなり、」

「いいのよ、泣いている親友をほっとけないもの…それにしても、浮気した時点で最低な奴だとは思っていたけど、ここまで最低な奴だとは思ってなかったわ」

「……」

ぎゅっと掌を握りしめた。さっきの出来事がフラッシュバックする。


「…ナツキく、ん」

「え?」

「私、ナツキくんを…おいて、逃げてきたの。もしナツキくんが、なにか非道いこと言われてたら、私のせいで、言われてたら…」



どうしよう



「大丈夫よ」

「でも、」

「今はミフユの方が大丈夫じゃないでしょ?」
「私は、」

「とりあえず、ミフユは一度落ち着いた方がいいわ。飲み物持ってくるわ」

「……うん」

「ビールがいい?」

「…お酒は飲まない、よ」

ふふ、とカミツレが笑った。私も、少しだけ、顔を綻ばせた。


コンコン、とドアを叩く音と「カミツレさん」と呼ぶ声がした、多分ジムのトレーナーだ。「なに?今ちょっと手が放せないんだけど?」とカミツレが答えた。

「あの…客…というか…」

「私に?」

「いえ、ミフユさんに」

私の名前が突然出てきて、びっくりした。トレーナーは更に続ける。

「ナツキ、というトレーナーが」

「え…ナツキくん…?」

「通して」
「え…」

「わかりました」

「え…え?カミツレ?」

「彼氏に慰めてもらいなさい」

「か、彼氏じゃない…ナツキくんは友達…だから…」

「じゃあ友達に慰めてもらいなさい」

バンッ!と勢いよくドアが開いた。そこにいたのは、息を切らせ、少し汗をかいたナツキくんだった。その姿を見て、ひどく安心した自分がいた。



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Mayday=遭難信号
5月の方じゃないです。