走って息を吸う度にきりきりと痛む喉を押さえれば、細切れに吐き出す空気は真っ白に目の前を曇らせた。「うわ、真っ暗だね」と何でもないように呟いた庄左エ門は握っていた手を離した。途端に触れる冷たさに、指を握り込んでからポケットに突っ込んだ。
「関係無かったんだから、放っておいても良かったんだぞ」 「だろうと思ったけどね」
上着のポケットの中で右手の指先をすり合わせた。マフラーも引っ掛けただけで、手袋まで持ってくる暇が無かったのだ。庄左エ門はそれきり黙ってしまって口を出すことが出来ずに、同じように上を見上げた。冬の昼間は短い。寒さをました夜空には当たり前に星がばら蒔いてあった。ほう、と息をつくと背筋が震えた。 鼻の頭を赤くして庄左エ門は柔らかい表情でマフラーを顎まで引き上げていた。さっきまでの情景を思い返してまた指先を摩ったけれど両手はちっとも暖まらない。
「すっごいねー、星」 「そうだな」
正直、分かった星座などオリオン座くらいで、それでも白い粒が浮かぶ夜空に圧倒された。首を痛くなるほど反らせて、眼球が乾くほど丸くして、それでも収まらずに広がる星々。隣で同じように首を反らせる庄左エ門は少しだけ嬉しそうな顔をしていた。薄暗闇に浮かび上がるその耳も鼻も頬も赤くて、やはりさっさと帰ろうと思い返す。
「帰ろう」
もう、喋っても喉がひりつくことは無かったけれど、代わりに口から生暖かい空気が抜けて入れ替わる。庄左エ門は空から目線を外すとゆっくりとこちらを見た。
「関わりたいと思っちゃったんだよ」
か細い声の内容を、一瞬理解出来なかった。さっきの言葉の答えなのだと気づいてから、「ああ」と曖昧に返事をした。こんなときでも真っ直ぐに見つめてくるのは変わらず、少しだけ身構える。
「どうでもいいなんて、思えなかったんだ」
庄左エ門が手袋をはめたまま右手首を掴んできて、ポケットにねじ込んだ手が引きずり出される。そのまま流れるように指先に触れた。
「黙ったままなんて狡いよ?きり丸」
見上げるようにして笑う庄左エ門に思わず眉間にシワを寄せた。そうしたら余計に声を出して笑うから顔を背ける。 話すことなんて何も無いと思った。でも、話したいことは沢山あると思った。
「さ、帰ろっか」
星だらけの薄暗闇の中で庄左エ門が言った。
夜間飛行にふたりきり
title:夜風にまたがるニルヴァーナ なんか前にも同じような話書いてましたねーすいません
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