押し殺して溜め込んで来た多大な感情を制御する必要があった。もう無理だと悲鳴をあげたから、どこまでも不安定なままではいられなかったから、分離させて双方を別々に管理しようとしたのだ。そうして出来上がったもう一人を廉造は緩慢な動作で見上げた。そっくり同じ顔をした自分がひどく嬉しそうに笑う。

「廉造の弱さも怒りも嘆きも汚い部分は全部俺が背負ったるさかいな、安心してええんやで」

およそ似つかわしくない程に優しげな声でそう囁いた。れんぞう、同じ名前を呼ぶとよりいっそうにんまりと笑う。自分でもそんな顔、出来たのかと愕然としながら言葉を待った。

「せやから、俺がどないになっても見捨てたらあかんで」

朽ちて歪んでいくとしてもその様をしかと見届けろと廉造が言う。それでも良いと思った。自分が傷つかないならそれでも良いと受け入れた。何よりも最優先だったのは自分を守ることだ。ずっとずっと臆病でそれは今この瞬間であっても変わりはなかったから緩やかに頷く。これで良かったのだと守れるのだと、思っていたのに。




「お前はどっちだ?」と奥村くんが訊く。簡潔な質問のはずなのに一瞬だけ思考が追い付かずに目を瞬かせた。

「志摩やけど」
「そうじゃなくて」
「じゃあなんやの?」
「元の、志摩はどうした」

意識を奥村くんから外して彼に問う。返事は無い。廉造に呼びかけても返事が無い。ねえほらやっぱり人一倍聡い彼は気付いていたよ、その事実に目を反らしたくて廉造は目を瞑ったままだった。だからこその自分の役目だ。

「残念、今おやすみ中や」
「なんで、」
「なんで?奥村くんがそんなこと聞くんか」
「・・・・・・」
「気付いとった?最近ずっと、俺の方やったの。どうもあいつは奥村くんが苦手みたいやな」
「・・・・・・」
「なのにそんなこと、どうして言うんや。追いやったのに。閉じ込めたのに。泣きたいのに泣けなくしたくせに」
「俺のせいだって、言うのかよ」

廉造は肩を竦めた。珍しくも嘘は無い。最近ずっと引き篭りがちだった理由は間違いようが無かった。笑顔ではいられないからと作りものをあしらった。廉造がそれを望むなら、叶えてやる他はない。廉造を守るために生まれた自分の存在理由から拒否権はない。

「俺のせいだって、言うなら。なあ、」
「ん?」
「お前を志摩に帰してくれ」

やけに真摯に奥村くんが言った。意味が分からずに首を傾げる。
彼は依然として頭を上げない。
彼は依然として真っ直ぐ眼差しを向けてきた。
これは確かに少々、苦しかった。

「請け負った弱さごと、奪った苦しさごと、歪んだ汚さを担当してきたお前ごと、志摩に帰してくれ」

息を飲む。そんなことをお前が言うのかと、廉造がどれだけ苦しんだと思っているんだと憤りたかった。感情がぐるぐると渦を巻きながら迫るのが分かった。こんな汚い結露したものを蓄積させながらどす黒く染まっていく廉造を、それでも目を反らさなかった廉造が、それでもお前から逃げたのに、そんなことを言うのかと。
蹲っていた廉造が首をもたげる。その顔は久しく泣きそうに崩れていた。掠れた声が洩れるのが聞こえた。それを遠くから見ながら、きっともう駄目なんだと思い知る。廉造が顔をかさついた掌で覆う。
その時、
廉造は、
廉造と、
そっくりそのまま、同じ表情をしていた。

「俺は志摩と話したい」

追い打ちをかけるように言葉が届く。剥がれ落ちてく精神の一部は間違いなく自分が生み出した自分だけのものだった。ひび割れそうな喉から嗚咽が洩れる。一瞬だってそれが黒く染まる時を見逃したことはない。殆ど原型を残していない廉造の半身はけれども、出会った時と寸分変わらぬ顔で静かに呟いた。

「俺だけのものやとあかんのやて。堪忍なあ、全部背負わなあかんて知っとったけど。弱さも汚さも全部全部、ほんまは廉造のもんやさかいな」

奪ってしまってごめんね。散り際に彼は、自分にそんな顔が出来たのかと疑いたくなるほどにっこりと笑った。



振り返ると奥村くんがやけに安堵したように息を吐いた。額にうっすら浮かべた汗の理由はなんだったろうか。握り締めていた指をゆっくりと解いた。

「おかえり、志摩」



たった一つの冴えないやり方



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