奴は、とても疲れた顔をしていた。渇いた唇から縋り付いてきそうな声で名前を呼んだくせにその手は相変わらず垂れたままだった。夏の遅い夕暮れの中で二人とも途方に暮れたようにただ突っ立っていた。「どうした」と聞くと曖昧に笑い、迷子になったと言う。その様があまりにもあんまりで口をつく。これ以上何処にも行けないと思った。
気づいたら真っ暗で真っ黒で右にも左にも進めなかった。遂に立ち止まってしまって動けなくて震える喉で息を吸う。目的がなきゃ何処にも行けないはずだ。どこを目指して歩けばいいだろうか、考え始めたら足が止まる。きっと真っ直ぐ歩けた時があったはずで、でもいつからかそれは消え去ってどうしてだかぐにゃぐにゃと曲がりくねってしまった。それは道か、足か定かではない。 だからどうか今、進む方を示して欲しい。誰でもいい、微かでもその道が見えるならそれで構わない。一人ぼっちでは出来ないから見えないからどうか照らして欲しい。そんなことを考える自分が少しだけ情けなく悲しかった。 口を開けて息を吸い込み大声で、叫んだ。
あいつはもっと叫べばいいんだと思っていた。もっと喚けばいいのだと思っていた。分かるように見つけられるように見失わないように、そこにいるのだと自らその存在を示せばいい。そうすればいつだって無駄な心配をしなくてすむ。こんな風に探さなくてすむのに。 だけどきっと叫んだりしないし助けてなんて毛頭言わないんだろう。嘘を言うのはむかつくくらい得意なのに、本当のことを言うのは恐ろしくヘタクソなあいつだから仕方がない。だからこうして耳をすます。ほんの少しも聞き逃してはならない、彼のヒントを見失ってはならない。まったく、面倒臭がりなくせに面倒ばかりかけるやつだと思う。 聞こえるはずも無いだろうが、苦笑混じりに名前を呼んだ。
薄暗いと感じてはたと思い当たる。微かに刺すそれは彼と同じ色だったから、足先を向けた。叫んで痛む喉をさすって気付いた。なんの誤魔化しようも無かった。ほう、と息を吐く。ここまで随分長い時間がかかったような気がする。見つかるだろうか、この先にいるだろうか、
知らないでしょう。青に沿って歩いてようやっと見つけた君が、いつものように何でもないような顔で声で名前を呼んだ時どれだけ安心したか。どれだけ嬉しかったか。本当に、そんなことなかったのだと取り繕うのがどれだけ難しかったか。柄にも無く泣きそうになって、笑うことしか出来なかったことも知らないでしょう。きっと知らないから、ありがとうなんて言わなかった。奥村くんもまた、笑っていたから。
「良かった」 「何が?」 「奥村くんがおって」 「そっか」 「うん」
迷子
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