「……と、いうわけだ。どうにかならんのか、幸村」

「そうだねぇ……」


とは言ったものの、正直どうしようもない。俺がしてやれるのは、たぶんここまでだから。


「仁王は相変わらずか?」

「相変わらず。でも退院したよ」

「退院?」

「今は柳生のところにいる」

「そうか。柳生は記憶が戻ったのだったな」

「そうなんだけどねぇ……」

「なんだ? 記憶が戻ったのなら良かったではないか」

「んー……」


どうだろう……正直、不安は拭えない。柳生がまた記憶を無くすとかそういう事も含めて、心配な部分は多い。元より真面目な柳生は、精神的な部分で自分を追い詰めてしまわないか──これが何よりも不安。

ただ仁王は病院や施設にいるより柳生の元にいた方が良いのは事実で、そこから先は柳生に任せるしかない。記憶を失う前と同じ環境に置けば、それが刺激になって何かを思い出すかもしれないから。


「お待たせしました、チーズタルトでございます」


そんなもの、注文した覚えは無い。

顔を上げれば、エプロン姿の丸井がそこにいた。なんてな──と冗談っぽく言って、丸井はニッと笑う。

真田と話す時はよくこの店を使う。丸井の店だから入りやすいし、何より店の雰囲気を俺が気に入っているからだ。

トレーから皿を取り、丸井は俺と真田それぞれの前に置いた。そこにはチーズタルトが1つずつ。


「サービス」

「すまないな、丸井」

「いいって。けど真田、お前とケーキって似合わねぇのな」

「なんだと!?」

「そう怒んなって、真田。茶化したわけじゃねぇよ。ただ和菓子の方が似合うって思っただけだろぃ。それよりさ、お前等の話聞こえてたんだけど……マジでどうにかならねぇわけ?」

「どうにもならんだろうな」



眉間に眉を寄せて、真田。


「犯人は現在事情聴取中だが証拠は上がっているのだ。が、しかし気付かなかったとして無罪を主張している。何より──」

「──非は仁王にある?……って、それ完全に向こうの言い分じゃねぇか。自分に都合の良いように言ってんだろぃ?」

「仁王からはアルコール成分が検出されている。あながち否定もできん」

「あー、そうだよなぁ……仁王が飲んでたってのはここに証言しちまった奴がいるからなぁ……」


ここ──と言いながら、丸井はコーヒーを持ってきたジャッカルを見やる。湯気立つカップからは、ほのかな良い香りがした。


「なんだよ、ブン太……。俺だってまさか自分の証言で仁王が不利になるなんて思わなかったんだよ」

「悪い悪い。怒んなって」

「気にするな、ジャッカル。お前は正直に話しただけだろう。お前が話さなくとも調べれば分かる事だ」

「けど仁王はお酒、弱くはなかったはずだよね。悪酔いなんかしない。色が白いから顔は真っ赤になるけど……」

「だよなぁ。なんで仁王が……」


言いかけて、丸井は口を噤んだ。もちろんそんな事、俺達は誰も信じていない。ただ加害者側が主張しているだけだ。

仁王が自殺なんて、有り得ない。

あの日、仁王は事故にあった。横断歩道を渡っていた際の、ワゴン車との接触事故。

事故発生推定時間と現場近くの監視カメラの映像から車種を割り出して持ち主を事情聴取、結果、通行時の信号は車道側が青、そして当日深夜に何かと接触した事は認めたが、それが人だとは思わなかったとして無罪を主張している。

むしろ被害者である仁王が酔った勢いでふらりと道に飛び出したのではないか、もしくは自殺ではないのか、とさえ言っている。

確かに仁王は事故直前までジャッカルと飲んでいて、それは居酒屋の店員からも証言を得ている。それに仁王からはアルコール成分が検出されているから、酔った勢いで、というのは否定できない。しかし前者はともかく、後者は有り得ない──少なくとも俺達はそう思っている。


「でも直後に赤也が通りかかったのは良かったよね。じゃなきゃ仁王は……」

「あぁ、助からなかっただろうな」


赤也が通りかかったのは偶然で、事故発生からさほど時間は経っていなかった。あれだけの出血とケガだ。少しでも発見が遅れていれば仁王の命は無かっただろう。

が、その幸運さえも、実は赤也に災いしていた。第一発見者という事も手伝い、当初は赤也がひき逃げしたのではと警察は疑っていた。

もちろんそんな事は無い。すぐに事故車両が判明、容疑者も浮上したため赤也の潔白は証明された。


「一番の被害者は赤也かもしれねぇな。本当に無関係だろぃ?」

「あぁ。ただでさえ仁王のあんな姿見てショックだったろうに……」

「それに関してはホントお前のお蔭だよね、真田。ありがとう」

「いや……」


照れたのだろうか。僅かに顔をしかめた真田は、誤魔化すようにジャッカルから受け取ったコーヒーを口にした。

赤也に容疑がかかった事で真っ先に動いたのは真田だった。自分の担当ではないにも関わらず聞き込みをし、車両判明と容疑者特定に一役買っている。そのせいで今度は真田が警察のお偉いさんに睨まれる事になったのは、俺と真田だけが知る事実。

本当に真田はバカだ。自分の立場も考えず行動して……まぁそういうところが好きなんだけど。

ともかく心配なのは柳生の事。なにかあれば俺や蓮二を頼れば良い。頼むから、自分で自分を追い詰める真似だけはやめてくれ。

コーヒーを口にすれば、ほろ苦い味が広がった。















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