凄まじい音に驚いたのだろう。ハッと柳生は目を覚ました。時計が指す時刻は午前三時。起床にはまだ早すぎる時間だ。 電気を消して真っ暗なはずの部屋が、時折雷に照らされる。しばらく止む様子の無い雨音と雷鳴に、思わず溜め息が漏れた。 別に雷が怖いわけではない。が、突然大きな音がすれば驚くのは普通の事で、条件反射のようなもの。おかげで目が冴えてしまった。なかなか戻らない眠気ともう一つ、妙に覚えのある感覚に、柳生の口からは再び溜め息が漏れる。 「怖くないぜよ、やーぎゅ」 「怖いのは貴方ですよ、仁王君」 何故君がここにいるのですか?──視線だけで右隣を見やれば、口元だけで笑みを作る仁王がいた。柳生に寄り添うように、当たり前のごとく同じベッドに入っているのだから恐ろしい。 「誕生日、おめでとうさん」 「質問に答えて頂けますか?」 「……柳生に会いたくなったから来たんじゃ。誕生日じゃから日付変わるのと同時にメールしたのに返事は無しで電話しても出んから来た。そしたらお前さんぐっすり寝とったからのう……起こすのも悪いち思って一緒に寝ただけじゃ」 「窓の鍵は閉めたはずですが……」 「外からでも開けられるじゃろ、普通」 「開けられないでしょう、普通」 三度溜め息が漏れたのは、言うまでもなく仁王のせい。そうだった。常識というものが通用しないのが、この男だ。 「目が冴えてしまったではないですか」 「それは俺のせいじゃないぜよ。濡れ衣じゃ」 「そもそも何故仁王君がいるのですか」 「柳生寝ぼけとる? それさっきも聞いたぜよ。誕生日おめでとうさん、やーぎゅ」 「……ありがとうございます。では用件は済みましたね、仁王君。帰って頂けますか?」 「嫌じゃ。まだプレゼント渡しとらん」 「学校で頂きます」 「学校には勉強道具以外持ってくるなちお前さん言うじゃろ。プレゼント渡すのにわざわざ怒られるなんてごめんじゃ」 「……っ、分かりました。ではプレゼントは? こんな時間にわざわざ私を起こしたんです。当然、それなりの物ですよね?」 「えらい上からじゃのう……まぁいいか。しっかり受け取りんしゃい」 仁王の苦笑を聞いた次の瞬間には、天井を見ていた柳生の視界は仁王を映していた。 ぐっと近付く仁王の顔を、凝視せずにいられない。 「私の誕生日です。プレゼントをくださるんですよね?」 「やるぜよ、プレゼント。とびっきり気持ち良いのを、な」 ニッと笑う仁王。その笑顔に、なんだか嫌な予感がした。何より“気持ち良いのを”というその言葉が怖い。こんな時の仁王はロクな事を考えていないのだ。加えて柳生は、察しは悪くない。つまりは──…… 「……って、なんですかコレ。外してください、仁王君」 「嫌じゃー。こうした方がきっと柳生も喜ぶナリ」 「なっ、これのどこを……私が喜ぶというのです!?」 「じゃって拘束されるの好きじゃろ、柳生?」 「君は私にどんなイメージを抱いてるんですか!?」 「M?」 「勝手に決めないでください!!」 「じゃあS?」 「私の話を聞いてますか!?」 「……ワガママじゃな、柳生」 「意味が分かりません!!」 柳生の家族が寝ているため、小声で言い争う。 仁王はどこから取り出したのだろうか。柔らかい紐のようなもので両の手首を縛られてしまった柳生は、それでも好きにはさせまいと抵抗する。 そんな柳生の様子を見た仁王が、あからさまな溜め息をつく。自分の身体で柳生を押さえ込むと、その耳元で囁いた。 「あんまり騒ぐと家族が起きるぜよ?」 「……君がこんな事しなければ騒ぎません。外したまえ」 「聞き分けのない子じゃ……お仕置きが必要かのう」 ニヤリと笑う仁王の手元を見て、柳生は絶句する。 いつの間に取り出したのだろうか。覚えのあるソレに、柳生は自分の血の気が引いていくのを感じた。 ※ ※ ※ 「……っ、ぁ……っ」 隣の部屋では妹が寝ている。だから声は出せない、絶対に。 けれど絶えず襲いかかる快楽と抑えようのない嬌声に、柳生の理性は飛びかけていた。 「ぁっ、ゃ……ぁっ……んっ、仁王君……っ」 押し殺した喘ぎ声に、仁王の口元が笑う。その指先が、柳生の中に潜るオモチャを奥に押しやった。 途端にくぐもった音を立てて、ソレは柳生を攻め立てる。いつものような質量は無いソレは、専用のもの。それ専用であり細身のオモチャであるからこそ容易く奥まで入り込み、それでも足りないとばかりに更に奥へと潜り込もうとする。勃ち上がった柳生自身が、その威力を示していた。 「にお、くん……ぁっ」 「そのオモチャ、好きじゃろ? 普通のより細いから苦しくないじゃろ?」 仁王の言う事は正解。実際普通のバイブに比べて細いソレは苦痛など一切無く、快楽だけを柳生に与える。 漏れそうになる声を殺しながら、柳生はコクコクと頷いた。 「優しいじゃろ、俺。嬉しい?」 問われて、今度はゆっくりと頷く。 柳生は元々オモチャは好きではない。早く抜いて欲しいのが本音であるが、こうなった仁王は満足するまでやめてはくれない。仁王の性格を熟知しているからこそ、柳生は反発せず、逆に仁王の思うままになる事を決めた。それがたぶん、自分にとっての良策。 それにもうずいぶんと射精を我慢させられている。いつものように根元を括られているわけではないが、命令されるがままに。 そんな柳生の様子に気分を良くしたのだろう。仁王は楽しそうに笑って柳生の額にキスをした。 「好きじゃ、柳生。柳生は?」 仁王の求める答えを口にしようとした刹那、オモチャが柳生の弱い箇所を攻め始める。とっさに口を閉じた代わりに、柳生は何度も頷いて仁王の首筋に唇を落とした。 「もう我慢せんで良いぜよ。けど柳生、俺とオモチャ、どっちが良い?」 「ん……っ、……ぁっ」 そんな事、考えるまでもない。仁王だって分かっているはずなのに。 なんとなく不満で拗ねたように唇を尖らせた柳生であるが、すぐに仁王の耳元にキスをした。耳を軽く噛んでわざと濡れた音を聞かせやる。そのまま舌先で中を愛撫してやれば、仁王が僅かに息を詰めるのが分かった。 もしかして今…… 考えた直後、柳生の手首が解放された。すぐ中からオモチャが取り出されたかと思えば、身体を抱き起こされる。 向かい合うように座ると同時に、今度は先程までとは比べようもない程大きなものが柳生を貫いた。 「んぁっ……ぁぁっ!!」 思わず漏れてしまった声を、雷鳴が掻き消した。 柳生が上にいるせいか、いつも以上に深く突き挿さる。少し苦しい。しかし仁王の熱いそれを意識すれば、胸が高まってそれすら心地良い快感へと変えてしまう。 荒い息はそのままに仁王を見やれば、仁王が嬉しそうに笑っていた。 「上手くなったのう、柳生。どこで覚えた?」 先程の事を言っているのだろう。 別にどこかで覚えたわけではない。強いて言うならば仁王から教わったようなものだ。同じ事を仁王にされて、柳生はいつも切なくて心地良い感覚を味わっているのだから。 そういえば先程の仁王は感じてくれていたような気がする。つまりは仁王の弱点は自分と同じなのだろうか? そう思い当たると途端に嬉しくなって、柳生は仁王に抱きついた。晒された肌が、仁王のぬくもりを直に感じる。 「可愛いですね、仁王君」 「……可愛い?」 仁王はいつもかっこいい。悔しいが、そこは認める。その仁王が自分のする事に感じてくれる様は、なんだか可愛く思えた。 しかし仁王には不服でしかなかったのだろう。一瞬不機嫌そうに眉を寄せると、柳生の腰を掴んで揺らし始めた。 「ぁっ、……っ……んっ!!」 「可愛いのは柳生じゃろ。そんな気持ちよさそうな顔するくせに……っ、声、我慢して」 「ふぁっ、っ……」 「そういえば柳生、ここも好きじゃろ?」 「ぁ……っ!!」 耳元で囁かれる仁王の声音は、いつもより低いそれ。その白い指先が柳生の背中のラインをゆっくりと辿り、触れるか触れないかというもどかしい感覚が柳生の全てを奪っていく。 オモチャで遊んでいる時にずいぶん我慢させられたのだ。もうこれ以上、我慢できない。 一瞬身体を震わせて、柳生は呆気なく果ててしまった。 「相変わらず……背中、弱いのう」 「仁王、君……」 余韻に浸るようにもたれた身体を、仁王の腕が包み込む。 うっすらと浮かぶ仁王の汗の匂いに妙にドキドキして、柳生は誤魔化すように仁王の唇を求めた。重なる仁王のそれが、応えるように舌を絡めてくる。 「んっ……ふぁ、ぁっ」 仁王とのキス──ただそれだけで感じてしまい、柳生の頭の中は痺れたように思考を停止する。ぼんやりした様子の柳生をクスッと笑った仁王は、その耳元にキスをして囁いた。 ──誕生日おめでとう、柳生 続け様に愛を囁かれると、その後は仁王だけを求め続けた。もう理性なんて、どこかへ飛んでしまっている。 どんな無茶な事をされても結局は仁王に愛されて幸せだなんて思うのだから、自分はやはり仁王が好きなのだと改めて感じる。突飛な恋人ではあるが、そこもまた好きなのだろう。惚れた弱みとでも言うのだろうか。 翌朝目を覚ました時には仁王の姿は無く、代わりに枕元に小さな包みとメッセージカードが置かれていた。 Happy birthday Hiroshi Yagyu !! |