仁王の周囲にはいつも誰かがいる。それは部活を見にきた下級生の女子であったり、同じクラスの男子であったり、様々ではあるが皆楽しそうにしている姿は変わりない。当の本人が至極面倒くさそうにしているというのに、不思議なものだ。 その仁王が面倒くさそうでない、むしろ仁王自身からも話題を振る相手がいる。 丸井ブン太。 同じテニス部でクラスも一緒である彼とは、なにかと気が合うのだろう。放課後になれば丸井に加えて同級生のジャッカル、後輩の赤也と連れ立って遊びに行く姿も見かける。 楽しそうに笑う彼等は、全国区のテニスプレイヤーではあるが普通の中学生そのもの。しかしそれが、柳生にとっては面白くなかったりするのだ。 「今日はまたえらく早いのう、やーぎゅ」 関東大会前で部活も夜遅くまであった日の帰り道。ふと前方を見れば、そこには仁王の姿。 おかしい。柳生が部室を出る時に仁王はまだそこにいたし、いつもの如く丸井達と何やら話し込んでいたはずなのに。 目の前の仁王は涼しげな顔で柳生を見やる。急いで走ってきたような様子は無い。 「声かけてくれても良かったんに」 「かけましたよ。お先します、と」 ──近くにいた柳と真田にだけ聞こえる程度の声で。 立ち止まる事無く歩く柳生の隣に、仁王が並ぶ。さも当然であるかのように、仁王は歩幅を合わせて歩き始めた。 「何つーか……」 「何ですか?」 「最近、避けとるじゃろ? 俺の事」 「……避ける理由が無いのですが」 「避けとるじゃろ?」 「避けてなど……」 「避けとるよな?」 「……」 「あと丸井がな、最近お前が冷たいち言いよった」 それは多少心当たりがある。柳生にそんなつもりは無かったのだが、そう思われてしまっても仕方ないかもしれない。 仁王に関しても避けていた──かもしれない。無意識に。 別に仁王と丸井達の仲が良いのは今に始まった事ではない。ただそれを見るのがなんとなく嫌で、視界に入らないようにしていたかもしれない。 おそらくは本能で守ろうとしたのだろう。ストレスや不快感から、自分自身を。 いや、違う。 確かに避けていた。自分の事を放っておきながら丸井達と楽しく話している仁王の姿など、見たくなかった。そう思う己が嫌で、そんな自分を受け入れられなくて、彼等を見ないようにしていた。 結果、やはり仁王を避けていたのだ。 「……最近は丸井君を見るのすら嫌なんです」 「うん」 「仁王君は何故か人気者で丸井君と仲が良いのも分かっています」 「うん」 「でも嫌なんです。たまに……丸井君なんかいなくなってしまえば良いのにとも思います。仁王君を取られたようで……なんだかお似合いですし」 「うん……うん?」 「丸井君は小さくて可愛らしい顔立ちをしています。明るいムードメーカーで、仁王君も丸井君といると楽しそうなんです。浮気しているのでは、とも考えてしまいます。もちろんそんな事は──」 「──無いぜよ。絶対無い」 即座に否定した仁王は、思いきり首を横に振る。 仁王としては丸井と浮気なんて有り得ないのだろう。純粋に友人の一人としか見ていないのだから。 「分かってますよ。だからこそ、自分でもどうしたら良いのか分からないんです」 仁王と丸井は浮気などしていない。丸井は冤罪だ。頭では分かっていても心は穏やかではなく、そんな自分に嫌気が差しているのだ。 歩きながら俯いてしまった柳生に、あー……、と僅かにボヤいて、仁王はその手を取った。 「丸井に嫉妬しとったんか?」 柳生が仁王の手を振り払う事はなく、代わりにギュッと強く握る。 丸井だけではない。ジャッカルや赤也、同級生や女生徒達──仁王に群がる全てに。 そしてもう一つ、最近は仁王と二人になるどころか必要最低限の話しかしていない。こんな少しのスキンシップすら久しぶりで、柳生はずっと放置されていた。 言えば良いのに柳生はそんな不満を自分から口にするタイプでもなく、結果としての丸井と仁王に対するあの態度。仁王はともかく、丸井には本当に申し訳ないと思っている。 自覚があるのか無いのか、柳生は彼自身が思っている以上に嫉妬深いのだ。 「柳生、今から時間ある?」 「今から……ですか?」 「家に来んしゃい」 「ですが、もう遅いですし……」 「俺と一緒にいるのは嫌か?」 「そういうわけでは……しかし明日も朝から部活が……」 「──やーぎゅ」 突然、仁王が柳生の手を強く引いた。バランスを崩した柳生の身体は、そのまま仁王の腕の中に収まる。 「素直になりんしゃい」 そっと触れるだけのキスをされて、柳生の鼓動は徐々に速くなっていく。しばらく放っておかれたかと思えば途端に甘やかされて満たされるから、柳生の心は常に乱されている状態だ。仁王ただ一人に。 ともかくそういう事ならこの際思いきり甘えてしまおうかと、人目もはばからず柳生は仁王の背中に腕を回した。それからその耳元に唇を寄せる。 “ ?” 普段は決して言わないような大胆な事を囁くと、仁王が驚いたように目を見開いた。それもつかぬ間の事で、同じように耳元に唇を寄せて囁かれれば、柳生は自分の腰が疼くのを感じる。 明日も早朝から部活があるが、もしかしたら起きられないかもしれない。そうは思いつつ、湧き上がってしまった衝動は止められない。 真田からの鉄拳制裁も考えられるが、そこは甘んじて受け入れるとしよう。それより怖いのは察しの良い柳からの追求だ。 そんな事を考えながら、柳生は仁王と手を繋ぐ。並んで歩く二つの影を、月明かりが照らし出していた。 |