真夜中に現れた304号室で幸村君と話した翌日、私は近くの住職に頼んで病院そのものをお祓いして頂きました。幸村君や赤也というあの少年の話から察するに、さまよっている方はそれなりにいるようです。 304号室に行けば向かうべき場所に赤也君が導いてくれるらしいのですが、単純に成仏すればそれでいいと幸村君が言っていました。 お祓いをする事でさまよっている方が向かうべき場所へ行けたら良い、と純粋に思ったのです。 それはもちろん、彼も同じ事で──…… 「わざわざ……っ、お坊様に来て頂いて……ぁっ、お祓いをして頂いたのです」 『そうじゃな。あれ以来見ない奴もおる。成仏したんじゃろ』 「なのに何故、君はまだ……んっ、ここに?」 『未練があるからじゃろ?』 「ぁんっ、……未練?」 『そ、未練。ほら、我慢せんでイきんしゃい』 「やっ、ぁっ、嫌……嫌です、こんなのっ!!」 『なんで? 柳生、苦しそうじゃけど?』 それは否定しません。なにせ彼に身体を乗っ取られてしまったのです。つまりは彼のやりたい放題なのです、いつもの事ではありますが。 私の指先は私の意思を無視して下部を這い、自らを慰めています。一定の速度で擦り上げながらも時折先端を引っ掻く指先に、我慢も限界を迎えようとしているのです。苦しくないわけがありません。 『大丈夫じゃて。俺しか見とらん』 「ですが……ぁっ、仁王君、何を……っ!!」 『こっちも遊んでやらんと可哀想じゃろ?』 私の右手が身体を這い上がり、胸の辺りを弄り始めました。快感を増した身体に耐えながらゆっくりと息を吐き出しても、同時に出てくるのは自分のものとは思えない喘ぎ声だけ。 『我慢してる柳生も可愛いぜよ』 「ぁっ、ん……っ」 『けどイッた後の柳生はもっと可愛い』 言いながら追い上げる手の動きが速くなり、私は思わず唇を噛み締めました。しかし彼がそれを許してくれるはずもなく、執拗に私の弱い箇所ばかりを攻めてきます。 手はあくまで私自身。彼がやっている事とはいえ、自慰も同然です。いくら幽霊である彼が相手でもそんな淫らな自分など見せたくないのに、身体は正直なのです。 「ぁっ、んぁっ、……っ、あぁぁぁ!!」 勢い良く散った私の欲が、私自身を汚します。鏡に映った私の顔は、飛沫に彩られてどこか恍惚としていました。 私の中で彼が、ククッ、と笑うのが分かりました。 『エロい顔しとるのう、柳生』 「……っ!!」 『続きしたら怒るじゃろ、柳生?』 「……当たり前の事を聞くんですね、君は」 飛沫を手で拭っていたら、タオルが飛んできました。 いつの間に私から抜け出したのでしょうか。彼は一度だけ私にキスをすると、他に何かをする様子もなくただ私を見ています。 その様子に違和感を覚えずにはいられませんでした。 「……続き、しないんですか?」 『したいんか?』 「いえ……」 『柳生、何か言いたそうじゃからのう』 意味深に笑う彼は、私の事を見透かしているようにも見えます。 聞きたい事があるのは事実ですし、むしろ最初から山ほどあるのです。先日幸村君と話した事も気になります。 今日の彼は素直に教えてくれそうですし、身なりを整えながらまず何から聞こうかと考えて、私は先程も浮かんだ疑問を口にしました。 「未練、とは?」 『なんじゃ、そんな事か』 「普通に考えれば未練があるから成仏せずにここにいるんですよね?」 『まぁな。俺はただ柳生のそばにいたいだけじゃ』 「え……?」 『俺は柳生が好きじゃ』 「……君は自分が幽霊である事は御存知ですか?」 『それでも柳生のそばにいたい』 幽霊に告白されましても……さて困りました。彼の目が本気だと言っています。これも一種の“憑かれた”という事でしょうか? けれど……何故でしょうか。どこかホッとしている自分もいるのです。実を言えばお祓いをしてもらったにも関わらず成仏していないと分かった時にも、僅かながら安堵を覚えました。 「じゃあ……どうして私には何も教えてくださらなかったのですか?」 『何も?』 「君の名前とか、いつぐらいからここにいたのか、とか……幸村君には教えたのでしょう?」 『ちょっと待て。俺ここにいつからいたかは覚えてるけど名前は知らんかったぜよ』 「え? でも……」 『むしろ幸村が教えてくれたんじゃ、俺の名前』 「幸村君が?」 『おん。俺の名前が“仁王雅治”ち教えてくれたのは幸村じゃ』 しかし幸村君は確かに言いました。仁王君自身に聞いた、と。つまり仁王君の言う事が本当なら幸村君が嘘をついたという事になります。 しかし何故? 私にそんな嘘を言ったところで彼にメリットは無いはずですし、それは仁王君とて同じ事。 「もう一度幸村君に聞いてみるのも良いかも──……」 その時でした。私の身体に異変が起きたのです。とはいえ、覚えのある異変ですが。 『話も終わったし続きするぜよ、やーぎゅ』 「しない、と先程言ったではありませんか!!」 『せんつもりじゃったけど柳生見てたらしたくなった。俺を誘った柳生が悪い』 「誘ってなど……ちょっ、仁王君!!」 金縛りです。全く動かない身体では抵抗すらできず、すぐにベッドに押し倒されて白衣の下のカッターシャツをはだけられてしまいました。 外気に晒された肌に彼が舌を這わせると、ぬめりと言いようのない感覚が走ります。何度も思いますが、彼は幽霊であるのに。 「ぁ……っ」 僅かな刺激にさえ感じてしまっている自分が悔しい。腹癒せに仁王君を睨みつけると、私を見ていたであろう彼と目が合いました。 『俺は柳生が好きじゃ。叶うなら連れて逝きたい』 その言葉に嘘が無い事くらい、彼を見れば分かります。けれど私はそれに応える事はできないのです。私はまだ死ぬわけにはいきませんし、死んだところで同じ場所に行けるとは限りません。 しかし否定する事も躊躇われます。そうしてしまえば、仁王君はもう私の前に現れてくれない気がしました。それはそれで……寂しいのです。 「金縛り、解いてください」 『……』 「逃げませんから」 語尾を強めて言えば、仁王君は何かを考えるように私を見つめていました。私の真意を測るような、そんな雰囲気。 しばらくして身体の緊張が解かれるのを感じ、ようやく金縛りを解いてくれたのだと分かりました。 「ありがとうございます、仁王君」 自然とこぼれた笑みで彼に心からの謝辞を伝え、私はゆっくりと手を伸ばしました。 突然の事に驚いたのでしょう。目を見開いた仁王君はそのまま動く事はなく、私を見守るように手の動きを見つめています。 私の右手は彼の頬の辺りに近付き、しかしその手は触れる事はなく彼をすり抜けてしまいました。 『柳生? どうしたんじゃ?』 「いえ……」 『……ならなんで泣く?』 分かってはいましたが、やはり仁王君はそういう存在なのです。そう、最初から分かっていたはずなのに仁王君からは私に触れるせいか、心のどこかで期待していたのでしょう。 仁王君と私は、全く違う存在なのに。 再認識した事で、次から次に涙が溢れてきます。 そんな私を心配したのでしょう。仁王君が慌てた様子で涙を拭いてくれて、私を抱きしめてくださいました。 決して温かくはないぬくもりはとても心地良く、何故か安心します。 「続き、してください」 仁王君の不安げな顔をこれ以上見たくなくて、私は精一杯の笑みを作ってみたのですが……ちゃんと笑えていたのでしょうか? |