春の日差しは暖かく、とても気持ちが良い。こうしてベンチに腰掛けて本を読んでいると、不意の眠気に誘われてしまいます。 思わずウトウトしかけた時、すぐ耳元で声がしました。 「眠いんか?」 「……仁王君。そうですね、少し」 「珍しいのう……寝不足?」 「いえ、そういうわけではないのですが……」 隣に座った仁王君に笑いかけて空を見上げてみれば、視界に入り込んだ木がほんの少し揺れていました。そよ風が私達の髪をも揺らします。 「春は良いですね」 「……ん?」 「春は暖かく、花がとても綺麗です」 「おん」 「日本には四季があって、どの季節も素晴らしいのですが色彩の鮮やかさを言えば春は群を抜きますね。夏の高い青空も、秋の艶やかな紅葉も、冬の冷たい白雪も……どれも素晴らしいのですが春の花の優美は格別です」 「……いきなりポエマーモードじゃな、柳生」 「仁王君は嫌いですか?」 「嫌いじゃないぜよ。ただ……」 「ただ?」 「幸村と丸井の誕生日も春じゃからな。幸村の誕生日には皆命掛けでプレゼントを考えにゃならんし、丸井の誕生日に大量に食い物買わされとるジャッカルを見ると少し可哀想になる」 確かに。 幸村君の誕生日には皆が命掛けで、とりわけ真田君は本当に必死で幸村君を喜ばせようとします。それが失敗すると後日恐ろしい事になりかねないですからね。 丸井君の誕生日は普段と変わらないようにも思えますが…… 「お前知らんのか。去年の丸井の誕生日にファミレス行ったんじゃけど……調子に乗ってデザート片っ端から注文しよったぞ、アイツ。ジャッカルの財布はアイツのもんじゃからな、結局財布は空っぽになりよった」 「それはそれは……」 「ジャッカルは人が良いから苦笑いするだけで何も言わんがのう」 「ジャッカル君らしいですね」 「まぁな」 とはいえ丸井君も奢ってもらってばかりではないのですが。ジャッカル君の誕生日にはいろいろやってるようですしね。結局仲が良いんです、あの二人は。 「俺等も仲良しじゃろ?」 「……何ですか、さっきから。私の心の内を読まないでください」 「分かるぜよ。柳生の事なら分かる」 言いながら仁王君の手が伸びてきて、私の頭をその膝へと誘いました。膝に触れた頬から伝わる温かさが心地良く、忘れつつあった眠気を呼び戻します。 そのまま仁王君を見上げれば、メガネを取り上げられてしまいました。 「疲れとるんじゃろ? 卒業式の準備やら何やらで忙しそうじゃったからのう」 卒業式の準備や役員の引き継ぎで忙しかったのは事実です。寝る暇が無い程忙しかったわけではありませんが、その間も部活にきちんと参加していたので知らないうちに疲れが溜まっていたとしてもおかしくはありません。 私自身が気付かなかった事に仁王君は気付いたというのでしょうか? 私の髪に触れながら、仁王君は続けました。 「少し休みんしゃい、やーぎゅ」 「ですが……」 「良いから休みんしゃい。お前の話はもう聞かんぜよ」 直後に、私の視界には暗闇が広がりました。仁王君が私の目元を手で覆ってしまったのでしょう。 髪を撫でる手のぬくもりと、目元に伝わる温かさが私を包み込みます。すぐ近くには、よく知った匂い。 私がよく知る、仁王君の匂い。 優しさに任せて身体の力を抜けば、仁王君の声が遠くなっていきます。誰かに甘えるのは苦手ですし好きではないのですが……たまには良いですよね? 仁王君に一言だけ謝罪して、私は少しだけ休ませてもらう事にしました。 眠りに誘われるその中で、おやすみ、という優しい声音が聞こえた気がしました。 |