目が覚めた時、そこにはいつもと変わらぬ柳生がいた。穏やかな微笑みと共に、澄んだ瞳に俺を映して。


「おはようございます、仁王君」

「おはようさん、柳生」


俺を覗き込むその身体を抱き寄せて額にキスをすれば、何がおかしいのか、柳生はクスクスと笑い始めた。


「……何じゃ?」

「いえ、別に」

「俺の顔、何かついとるかの?」

「いいえ。ただ……仁王君が優しい目をしているので。昨日はあんなに怖い顔をしていたのに」


なるほど。

それだけで納得した俺は、なんとなく居心地が悪くなって苦し紛れに柳生を抱き込んだ。

昨日は柳生に“お仕置き”をした。柳生が俺の言い付けを守らず、一人で出歩いたからだ。

おかげで柳生の手首には縄の痕が痛々しく、頬にも涙の跡が残っている。

柳生の手首を取って、俺はそこに口付けた。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。痛いですよ」

「……ハッキリ言うのな、お前さん」

「誰のせいですか?」


再びクスクスと笑いながら、柳生は俺の胸元に顔を埋める。僅かにかかる柳生の息が、少しくすぐったい。


「分かってますよ、仁王君が心配してくださってる事くらい」


俺の耳元に唇を寄せて、ごめんなさい、と囁いた柳生は、甘えるように擦り寄ってくる。

それが合図であったかのように、俺は柳生を組み敷いた。柳生の期待に満ちた瞳が、ゆっくりと閉じる。

昨夜の代わりにはならないかもしれないが、今朝は甘やかしてやる事にしよう。

柳生の柔らかな髪を梳いてやりながら、俺はその唇に静かに触れた。













「ほどほどにしないと、仁王。柳生が大変だよ?」


シャワーを浴びて出てきた俺を待ち構えていたのは、天性のカリスマ性でこの一帯を仕切る彼──幸村精市。


「覗き見か? 悪趣味じゃな」

「声が聞こえてきただけ。丸井なんか慌てて出て行ったよ、可哀想に」

「へぇ……」

「度が過ぎると柳生に嫌われちゃうよ?」


それは否定できない。

幸村を一瞥して、俺は冷蔵庫を開けた。取り出したミネラルウォーターのペットボトルには、俺の名前。


「柳生の自立はまだ先かな、保護者さん。それとも自立させる気無し?」

「体力がまだ追いついとらん。サバイバル技術も教え込まんと生きていけんじゃろ」

「頭は良いんだけどねぇ……赤也にも少し分けてほしいくらいだよ」

「赤也はサッパリじゃからな」


俺はペットボトルに口をつける。冷たい水が、渇いた喉に気持ち良い。


「ここに来てもう随分経つよね。治安は一向に良くならないけど……それでも生きていかなきゃならない」

「そう嘆く必要も無いじゃろ。ここに来てすぐの頃に比べたらマシになった。お前さんのおかげじゃ」


俺がそう返せば、幸村は複雑そうな笑みを浮かべた。けれど、これは事実。

一瞬でも気を抜けば死が待ち構えるこの街を、ほんの少しでも正したのは間違いなく目の前に佇む幸村精市だ。

幸村を前にすれば誰もが平伏し、誰もがその意思に従った。幸村自身が持つ統率力と実力、そして神秘性がそうさせた。

今このエリアのほとんどの人間は、幸村の声一つで動く。俺達がこの一帯でトップの座についていられるのは、ひとえに幸村のおかげだと言わざるを得ない。


「そういえば……柳生っていくつになったんだっけ?」


幸村の問いかけに、キャップを閉めてふと考える。

俺とさほど変わらない容姿と群を抜く知識量、紳士的な立ち振る舞いで忘れそうになるが、アイツはまだ──……


「5歳くらいじゃな」


そう。大人のように見える柳生は実際のところ、まだ5歳かそこらだったりするのだ。









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