「寒いのぅ……」


街中の時計台の下――待ち合わせ場所としてよく使われるそこに、俺は一人でいた。

理由はもちろん、待ち合わせ。部活仲間でダブルスパートナーでもあり、そして――……


「お待たせしました、仁王君」


ふわりとした微笑みと共に現れたのは、俺の片思いの相手である柳生比呂士。

昨日、「良かったらどこかに行きませんか?」と突然誘ってきたのは柳生。好きなヤツからの誘いを断る理由なんかあるはずも無く、俺は二つ返事で承諾した。

それに……今日は12月3日。律儀で紳士的な柳生の考える事なんて、簡単に分かる。


「それじゃあ行きましょうか」

「おん」

「ところで仁王君、何か欲しいものはありますか?」


ほらな。やっぱりそうじゃ。明日は俺の誕生日。そのプレゼントを買うために俺を誘ったんじゃ。

本当に、律儀なヤツ。


「欲しいものなぁ……」

「何でも言ってください。明日は仁王君の誕生日なんですから」

「何でもち言われてものぅ……あ」

「どうしました?」

「あった。欲しいもの」


にっこりと笑ってやる。柳生曰わく「胡散臭い」らしい俺の笑顔。

メガネの奥の瞳に映るのは、俺。


「――柳生が欲しい」










「……それで、仁王君は何が欲しいんですか?」

「じゃから、お前」

「冗談はほどほどにして頂きたい。私は真面目に聞いてるんですよ?」

「俺だって真面目に言っとるんじゃがのぅ」


さっきから何度繰り返したか分からない会話。柳生はもちろん、俺も真面目に話している。まぁ柳生が信じんのは予測済みじゃけ、さほど気にしない。

俺は湯気が立つコーヒーに口をつけた。

美味い。さすがブルマン……いや、初めて飲んだけど。柳生が奢ってくれるらしいから、自分では手が出ない、出そうとも思わないものを俺はオーダーしてやった。

ちなみに“ブルマン”の名がついた偽物は結構あるらしい。以前ジャッカルが言っていた。伊達にコーヒー豆のような頭はしとらんな。


「ところで柳生。さっきの映画、やっぱりお前さんにはダメじゃったかの?」

「え? あぁ……」


苦笑した柳生は、恥ずかしそうに俯いた。

一通り店を冷やかした後、俺の提案で映画を見に行った。柳生としては早く俺の誕生日プレゼントを決めてしまいたかったようだが、そんな事を気にする俺ではない。

適当にはぐらかしつつ、休憩がてら映画でも、と柳生を丸め込んだ。

選んだ作品はもう少しで上映自体が終わるホラー映画。ちょうど見たいと思っていたからという理由もあるが、柳生がこういうものが苦手だと知っているからでもある。からかい半分、可愛い柳生が見たい気持ちが半分。

あ、入る前に一応聞いたぜよ?

そしたら、大丈夫です、ち言った柳生は――途中、完全に身体が震えとった。うん、あれは可愛かった。


「本当にすみませんでした」

「やっぱり別のにすれば良かったかの」


思ってもない事を、口にする俺。


「いいえ。誕生日ですし、好きな作品を見て頂いた方が……あ、もちろんプレゼントは別に差し上げますから。それから、仁王君。ありがとうございました」

「ん?」

「手、繋いでくれて……」

「あぁ、あれな。構わんき」


恐怖で完全に震えてしまった柳生の手を、俺は握ってやった。館内が暗かったから、たぶん誰にも見られてはいない。

俺が手を握った後は、柳生の震えは治まった。


「仁王君がいてくれたから、あの後は平気でした」


――なんて言われてにこりと笑われたら、もう俺どうしたら良いの。心臓が煩い。さすがに顔には出とらんと思うが。


「それで仁王君。プレゼントは決めました?」

「柳生」

「生憎ですが、私は非売品なもので」

「……いくらなら買えるんじゃ?」

「非売品だと言ったはずですが……私に執事にでもなれ、と?」

「悪くないのぅ。きっと似合うぜよ、柳生。けどあのドラマみたいな毒舌執事になりそうじゃな」

「仁王君……」


呆れたように、柳生が溜め息をつく。そろそろ潮時かの。

そんな事無いと思うが、ウザイと思われて金輪際誘われなくなるのも困る。揃いのアクセでも買ってもらおうかと口を開いた俺より先に、では、と柳生が言った。


「うちに来ますか、仁王君?」

「……は?」

「ですから、うちに来ますか? 今日は家族が旅行に行ってまして誰もいないんですよ。良かったら泊まって行ってください」


それからクスリと笑って、柳生は続けた。










「今日と明日、私を好きにしてくれて構いませんよ」











俺、どうすれば良いんじゃ?



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