月明かりの中で照らされる柳生の一糸纏わぬ姿は、この上なく美しい。汚してはいけない存在であると同時に、自分の色に染めたくもなる。 もっとも柳生は俺に盲目的で、俺がする事、俺にされる事なら全て受け入れてしまう。俺を疑うという事を、柳生は知らない。俺を一心に愛し、俺に見捨てられないよう努めている――かもしれない。 少なくとも自分には他に居場所が無い事を、柳生は知っている。 「……ぁっ! あぁっ!」 柳生の最奥を穿つと、途端に震える身体。果てたらしい柳生の身体が、シーツの海に沈み混んだ。 肩で息をする姿。 濡れた瞳。 上気した頬。 俺自身がつけた、赤い痕。 全て、俺のもの。 「仁王君……?」 不安気な瞳が、俺を射抜く。甘えるようにすり寄ってきた柳生に、俺はそのまま抱きしめられた。 「どうしたんですか?」 「何もしとらんぜよ」 「仁王君は何か隠しています」 「……お前さん、何でもわかるんじゃな」 「仁王君の事なら」 にこりと微笑む姿に、ドキリとする。俺はこの笑顔を知っている。まだ柳生が、自我を持っていない頃の話。 「柳生、仕事じゃ。お前の初仕事」 「え……?」 「俺達の役目は知っとるじゃろ?」 「ここの住民達を守る事」 「俺はしばらくここを離れる。俺だけじゃない。ジャッカルも連れて行くつもりじゃ」 「何か大変なお仕事が入ってるんですね」 「俺だけじゃ困難でな」 「仁王君とジャッカル君が離れる――それはつまり……」 「あぁ、ここが手薄になる」 幸村をリーダーとしたこのチームは、実は意外と戦力は心許ない。俺とジャッカル、それに赤也くらいだ。他のチームの奴等とマトモに渡り合えるのは。 傘下には幸村も一目置いている木手という男が中心に動いているチームがあるが、単純な戦力だけなら奴等が上を行くだろう。何しろ屈指の武闘派集団だ。奴等が俺達の傘下にいる事自体、不思議でもある。 しかしそれは単純に奴等に足りないものを俺達が持っているから、という明確な理由もある。木手もかなりのカリスマ性を持っているが、幸村には及ばない。それに奴等と俺達の利害は完全に一致している。形は違うが、奴等は奴等なりの平和を模索していたのだ。誰も苦しまずに済む世界、子どもたちが悲しむことの無い世界を。 だから奴等は俺達の傘下に入った。 「街の見回りは木手達にしてもらうつもりじゃ。でも丸井のところにおる子ども達が心配じゃ」 「そこに私が行けば良いんですね?」 「おん。丸井と一緒に、子ども達を守ってほしい。赤也には劣るがお前だってそれなりに動けるし、幸村は全体に目を配らなならん」 「わかりました。あの子達の事は私も大好きですし、任せてください」 微笑む柳生に、キスをする。重ねた唇が嘘をついている事を、柳生は知らない。 ※ ※ ※ ※ ※ 「なるほどな。それで俺まで呼ばれたってわけだ」 納得したように、ジャッカルが言う。 ジャッカルを連れた俺は、支配下にある街の郊外、隣の地区との境界に来ていた。ある人物と会うためだ。 もっとも、そいつが約束通り来る保証は無い。が、アイツが約束を守らないとも思えない。 「なんや珍しいなぁ……仁王君が俺を呼び出すやなんて」 突然聞こえた第三者の声に、ジャッカルが反応する。警戒と共に臨戦態勢に入るジャッカルをたしなめて、俺は雲一つ無い空を仰いだ。 「比較的信用できるからな、お前さんは」 「比較的てなんやねん」 「あとお前等の中でまともに話せるヤツは少ないじゃろ」 「せやな。仁王君とまともに話せるのはなぁ……俺以外だと小春に銀くらいか」 「アイツ等は苦手じゃ」 「悪い奴等やないで?」 「わかっとるて。それより白石、姿くらい見せんしゃい」 声は聞こえるのにその姿は見えない。そんな芸当ができる人間はなかなかいないし、存在自体知られていない事が多い。現にジャッカルが先程から困惑しているのが見てとれる。 ふわりと風が吹いた気がした。 刹那に現れる、俺と似た髪色の青年――白石 蔵之介。隣り合う地区を治めるチームの、リーダー格の男。 「久しぶりやな、仁王君」 「おん」 「そっちは『初めまして』やな」 「あぁ、この黒いのはジャッカル。うちのチームヤツな」 「良いヤツやな。見ればわかる。けど、それが命取りにならんとええな」 「……どういう意味だよ?」 「良い人オーラが出とる。騙すには持ってこいやなぁて思うただけや。気にせんといてな。で、仁王君」 ジャッカルを『良い人』と評した事に嘘は無いだろう。当のジャッカルは困惑しているが。 一通りジャッカルをおちょくった白石は満足したのだろう。俺に向き直って、にこりと微笑んだ。 「本題は?」 「ここ数日、変わった事は無いかの?」 「変わった事?」 「不審なヤツとか、ゴミが増えたとか、何でも良い」 空を仰いで、白石は考える素振りを見せる。 近隣の地区に変わった事があれば、うちの地区にも影響する場合がある。他の地区からも情報を得られたら良いのだが、残念ながら交流がほとんど無い。得られたとしても、信憑性が無いのだ。 その点、白石達のチームとは普段から交流がある。とりわけ、白石と幸村は仲が良い。他と比べれば、その信憑性は高い。 「せやな……覚えの無い気配が出入りしとるくらいか」 「覚えの無い?」 「あれはうちの住民の気配やない。かといってどこかに定住する様子も無いし、危害を加える様子も無い。事実、被害は出とらん」 「それで?」 「それだけや。そうやな……『通過しとる』言うんが正しいかもしれんな」 「その気配、どこに行っとる?」 「さぁ? けど……仁王君達の地区の方向やな。言われて考えたら、そんな気がする。何かあったんか?」 「殺しが一件」 「そんなん日常茶飯事やろ?」 「そういうわけにもいかんのじゃ、今回は」 「なんや訳ありみたいやなぁ……手伝おか?」 「いらん。変な事に巻き込まれるのはごめんじゃろ? でも少しだけ、良いかの?」 不思議そうに白石は首を傾げる。俺の隣では、ジャッカルも同様に。 これは、俺にしかできない事。そして白石にしか頼めない事。 「なんや本格的に大変そうやな……ええよ。言うてみ?」 白石の端正な顔立ちが作る笑顔が、今は心強い。 |