「この前はありがとうございました」 にっこりと微笑みながら言えば、訳がわからないというように仁王は顔を上げた。朝からずっと読んでいた本は、もう後半に差し掛かっているようだ。 「素敵な誕生日になりました」 そこでようやく理解したらしく仁王は、あぁ、と微笑む。読んでいた本を閉じて、柳生が差し出したコーヒーに口をつけた。柳生の誕生日から一ヶ月と少し経つ今日は、仁王の誕生日である。 正式に婚姻関係を結んだわけではないが、あれから二人の距離は更に縮まった気がする。少なくとも、柳生はそう思っている。 ゼロ距離。 それがたぶん、今の自分達。結婚後の蜜月とは、今この時の事を言うのではないだろうか。そう言っても過言ではないくらい、柳生は幸せを感じていた。 ただ一つを除けば。 「仁王君」 ふいうちのように、キスをする。 しっとりと重ねた唇を放すと、仁王が驚いたように見つめていた。もう一度唇を重ねて、今度は舌を滑り込ませる。 「……んっ」 驚いてばかりで全く乗ってこない仁王の舌を絡めとり、柳生はそこを愛撫した。自分からこんなにも仁王を求めたのは、いつ以来だろうか。仁王の唇も、舌先も、全てが愛おしい。 「……どうした、柳生?」 「それはこちらのセリフです、仁王君」 何か言おうとした仁王の唇を再び奪って、彼を陥落させるべく柳生は動く。キスをしながら仁王の膝に乗り、胸元にさりげなく触れながら手をその銀髪に潜り込ませて、更に深いキスをする。 誕生日のあの演出は、素直に嬉しかった。昔からよく知る仲間達の前で永久の愛を誓うのは少し恥ずかしかったが、その分、皆が祝福してくれた。世間的には認められないものの、確かな証が、柳生の左の薬指にはある。 十分すぎるくらい幸せだというのに、これ以上何を求めるのか――自分自身そう思うが、求めずにはいられない。柳生が欲しいのは、ひとつだけ。 自分の腰を押し付けると、気付いた仁王に引き離された。 「仁王君を、ください」 「……柳生。今日、誰の誕生日か知っとる?」 「仁王君です」 「なら“ください”はおかしいじやろ?」 「仁王君は私を求めてくれなくなりました」 思い当たる節があるのだろう。気まずそうに、仁王が呻く。 「私の誕生日は皆で楽しく過ごしました。でもそれ以来、仁王君は私を求めてくれません」 「柳生、俺は柳生を嫌いになったわけじゃないぜよ」 「知ってます。でも、仁王君が私を求めなくなったのも事実です」 「柳生、」 「だから、自分から求める事にしました。付き合い始めた頃もそうでしたから」 それからもう一度キスをした。仁王の意思など、関係ない。自分の欲に、忠実に。 「仁王君の中で何があったのか知りませんが、私は今、仁王君が欲しいんです」 シャツの中に手を忍ばせてそっと胸元に触れれば、仁王は僅かに息を詰まらせる。首筋にキスをすれば拒む事なく受け入れるし、耳を軽く食めばピクリと肩を揺らす。そのひとつひとつが嬉しくて、柳生の行為はエスカレートする一方。すぐに仁王自身も反応し始めた。 「あのな、柳生」 ようやく聞こえた声音は、熱を持ったそれ。平静を装う言葉とは裏腹に欲情した瞳が、柳生を正面から射抜く。 久しぶりに見る、柳生を求める瞳だ。 「自分への戒めのつもりじゃった。柳生は許してくれたけど、やっぱり一人にしとったのは事実じゃからな」 「そんな、仁王君……」 「でもそれも間違いじゃったな。俺は、柳生の気持ちを考えとらん。ごめんな?」 仁王の瞳が優しく揺れる。 まるでそうするのが当然であるかのように、二人は静かにキスをした。 ※ ※ ※ ※ ※ 首筋にキスをされたら、同じようにキスをする。 身体のラインを辿る舌先が、少しこそばゆい。 中で仁王自身を感じて、嬉しく思う自分がなんだか恥ずかしい。 切なく漏れた自分の声に、仁王が僅かに笑みを浮かべる。 途端に追い上げられる身体が、仁王を求め続ける。 仁王に求められる事を喜ぶ身体。 その全てが、柳生にはこの上なく嬉しかった。 「柳生」 「なんですか?」 「やーぎゅ」 「なんですか?」 「やーぎゅー」 「だからなんですか、仁王君?」 事後のベッドの中で、仁王は何度も柳生の名を呼ぶ。嬉しいけれど恥ずかしくもあり、とっさにうんざりしたように返してしまった。あんなにも仁王を誘っていた時の自分は、どこに行ってしまったのだろうか。 「愛しとるぜよ」 さらりと投げられた言葉に、頬が赤くなるのを感じる。枕に顔を埋めれば、真横から仁王に抱きしめられた。 「柳生は?」 「……」 「なぁ、柳生は?」 「……この前伝えたじゃないですか」 「何度でも聞きたいんじゃ」 そう言って甘えてくる仁王に、ため息が漏れる。惚れた弱みというが、自分も例に漏れずらしい。 仁王の耳元に唇を寄せる。窓の外には、灰色の冬空が広がっていた。 |