その一報が入ったのは仕事中でした。診療時間でなければ、そのまま飛んでいったかもしれません。そんな逸る気持ちを押し殺して全ての診療が終わった後に、私は夢中で診察室を飛び出していました。

駆けつけてみれば仁王君は病室のベッドで横になっていて、柳君曰わく、軽い脳震盪だろう、との事。丸井君達とテニスをしていて、運悪くボールが当たってしまったようです。


「すんません、柳生先輩。俺が打ったボールが仁王先輩に当たっちまって……」

「切原君……」

「けどあの時の仁王なんかおかしかったよなぁ……ぼーっとしてさ」

「あぁ、何か考え事してるようにみえたな」


口々に言い始めるたのは、仁王君と一緒にテニスをしていたという切原君、丸井君、ジャッカル君。丸井君達に誘われていた事は、仁王君から聞いたので知っています。


「考え事?」

「そ。心ここにあらずって感じで……地面ばっかみてたな」

「妙だね。ボールが来ると分かっているのに余所見なんて」

「だろい? ぼーっとしてんなって声かけようとしたらこの様だ」


けれどひとまずは何も無いようです。私が胸を撫で下ろすその隣では、幸村君が難しい顔をして首を傾げていました。














「何か悩みでもあるのかい、仁王」

「悩み?」

「皆でテニスしてた時にぼんやりしてたらしいからさ」


覚えてない?、と聞けば、仁王は肯定するように肩を竦めた。

仁王が目を覚ましたのは少し前。他の皆は既に帰った後で、仁王には柳生の仕事が終わるまで残ってもらっている。倒れて運ばれた後で、さすがに一人で帰すわけにはいかない。


「ああいう時に余所見してたら危ない事くらい、分かったはずだ。それともそれ以上に気になる事でもあった?」

「覚えとらん」

「柳生の事でも考えてた?」


にこりと笑って見やれば仁王は、何が言いたいんだ、とでも言うように俺を睨んでくる。面倒くさそうな仕草は、記憶喪失前と変わっていない。


「柳生と、何かあった?」

「何じゃ」

「少し遊ぼうか、仁王」


用意したのは、画用紙とクレヨン。それをテーブルに差し出すと、仁王は訝しげに首を傾げる。そりゃそうだ。クレヨンでお絵描きなんて、仁王はそんな年齢ではない。


「ただのお絵描きだよ。自由に描いて良い。好きな色を使って好きに描くと良いよ。俺も久しぶりに何か描こうかな」


適当にクレヨンを取って、久しぶりに描いてみる。クレヨン特有の柔らかいタッチは、嫌いじゃない。

俺の右手のクレヨンが描く線を目で追いながら、仁王が口元だけで笑った。


「相変わらず上手いのう、お前さん。それは真似できん」

「持って生まれた才能だからね」

「嫌味か」


ククッと笑いながらも、その気になったのだろう。僅かに考える素振りを見せて、仁王はクレヨンを手にした。

仁王の左手が、白い画用紙に線を紡ぐ。その動作がまるでスローモーションのようにゆっくりと見えて、俺は思わず息を飲んだ。

描かれたそれは──……


「できたぜよ」


言いながら差し出される画用紙。不敵な笑みを浮かべる仁王を前に、俺はそれを受け取る事ができなかった。










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -