身体が気怠い。 腰が痛い。 それに汗がベタつく。 昨夜何があったのか、なんて考えなくても分かる。元より酒が入っても悪酔いはしない身。記憶もしっかり残っている。 なのに朝目が覚めてみれば、隣に仁王の姿は無い。酒の力を借りたとはいえ、仲直りできるかもしれないと思っていたのは自分だけだったのだろうか。 奇妙な虚しさだけが、柳生を包む。 仁王が戻ってきたあの日、柳生は彼を殴ってしまった。頭に血が昇った一瞬の事で、冷静になった時には既に仁王の姿は無かった。 嬉しい気持ちと複雑な心境で、柳生自身戸惑っていたのは事実。それから元来の素直ではない性格もあって、仁王とは仲直りできずにいた。 それが数日経って、心の整理と共に殺していた感情が息を吹き返した事で、何かきっかけを……と模索した結果が昨夜の酒の力を借りて本音をぶつけるというアレであったわけだが、その酒に飲まれて失敗したようだ。そもそも肝心な事を伝えていない。 不意に昔の自分を思い出す。昔から素直では無かったが、10年前の方が余程素直だったように思える。 そういえば昨日、仁王は「出て行く」と言っていた気がする。まさか本当に出て行ったのだろうか。 「仁王君……?」 適当に服を着込んでリビングを覗いてみるが、そこに仁王の姿は無かった。言いようの無い不安が、柳生を襲う。 「仁王君……」 「呼んだかの?」 「仁王君っ!?」 「はいはい、仁王君ぜよー……何じゃ?」 突然声がしたかと思えば、仁王は後ろから現れた。 寝ぼけ眼で髪はボサボサ。たった今まで自分の部屋で寝ていたのかもしれない。けれどそのかっこ悪い姿は、柳生を心から安心させる。 とっさに柳生は、その手を取っていた。 「……すみませんでした」 「柳生……?」 「ごめんなさい、仁王君。仲直り、してください」 「……」 「それとも仁王君は、やっぱり私の事が嫌いですか?」 「……嫌いじゃないぜよ」 「私に飽きましたか?」 「飽きとらん」 「だったら仁王君、」 柳生が俯き加減だった顔を上げると、不意にその唇が奪われる。触れるだけの、柔らかなキス。 驚いて硬直したままでいると、仁王の金色の瞳とかち合う。 「……もう一度、俺とやり直してくれるかの?」 優しい吐息が耳をくすぐる。 断る理由等どこにも無かった。 けれどなんとなく恥ずかしくて、柳生は仁王の胸に飛び込んだ。仁王の肩に顔を埋めながら、クスクスと笑う。 「おかえりなさい、仁王君」 「ただいま、柳生」 「またよろしくお願いします」 「おん」 ひとしきり笑った後に、仁王の左手が柳生の顎を掬う。柳生はされるがままに、仁王を受け入れた。 「ところで仁王君」 「ん?」 「結局どこに行ってたんですか?」 「あー……あのな、柳生」 「はい」 「お前さんの誕生日、空けといてな?」 「誕生日、ですか?」 「おん。それまで内緒って事で」 「それはちょっとズルいですよね。私がどれだけ心配したと……」 「分かっとる! 分かっとるけど秘密にさせて。頼む、柳生」 散々心配させておいて、さすがにそれは卑怯だと思う。 柳生が拗ねた素振りを見せて離れると、仁王は慌てたように続けた。 「悪いようにはせんけぇ、な?」 どうしても言うつもりは無いらしい。ここで「なら別れる」とでも言ってしまえば教えてくれる気はするが、せっかく仲直りできたのだ。さすがにそれはしたくない。 諦めた柳生は、では……、と口を開いた。 「しばらく私に触らないでくださいね、仁王君」 「……え?」 「しばらく、私に、触らないでください」 「何でじゃ、仲直りしたばかりじゃろ……!?」 「罰です。しばらく我慢してください」 仁王がそのつもりなら、こちらとて意見を変えるつもりは無い。ただの意地の張り合いのような気もするが。 しかし仁王は納得行かないらしく、一人で喚いている。 そんな仁王とのすれ違い様に、柳生は溜め息混じりに呟いた。 「私も我慢しますから」 「我慢せんでも良いじゃろ」 「悪いのは誰ですか? 触ったら今度こそ本当に別れますから」 無論、柳生に別れるつもりなど無い。ただこれで少しは牽制になるはずだ。 納得していないのは相変わらずで、しかし別れたくもないのだろう。渋々閉口した仁王の顔が、なんだかおかしかった。 「ご飯まだですよね、仁王君。作りますから待っててください」 クスクスと笑いながら、柳生はキッチンへと向かう。途中で思い出したかのように、あっ、と呟いて、仁王を振り返った。 罰を与える事になったものの、やはり仁王に対する気持ちは変わらない。殺していた感情は、改めて受け入れる。 晴れ晴れとした気持ちで、仁王に笑いかけた。 「あけましておめでとうございます、仁王君」 |