新年あけましておめでとうございます──なんて、言う気にもならない。世間ではおめでたいムード一色だが、仁王にとってはいつもの日常と変わらないのだ。 ありきたりで面白くもない特番を、一人で適当に流し見る。同居人である柳生は、研究室の面子で新年会を兼ねた初詣らしく、夕方くらいからでかけていた。 しかし。 元々遅くなるとは言っていたが、それにしても遅すぎる。もう日付が変わって2時間が経とうとしていた。 欠伸をしながら蜜柑を手に取った時、呼び鈴が鳴った。 『仁王先輩ー、いるんでしょ? 下まで降りてきてもらえないッスか?』 「……何じゃ、赤也か」 『どもッス。んで、この人引き取ってもらえません?』 俺1人じゃキツいんで――疲れたように溜め息をつく赤也の隣に柳生が映る。モニター越しに、寝ないでくださいよ柳生先輩!、という赤也の叫びが聞こえた。 「お前も一緒じゃったんか」 『まさか。俺は柳さんを迎えに行っただけッス。まぁ毎年柳生先輩も乗せてきてるんスけど……なんか先輩、今年は珍しく酔ってるんスよね』 「柳は?」 『車で寝てます。これもいつもの事ッス』 まるでパシリのようだ、と仁王は思ったが、それ以上は口にしない。そんなでも赤也が柳を好きな事を知っている。 とりあえず柳生を引き取りに行かなくては赤也が可哀想だ。今行く、とだけ声をかけて、仁王はパーカーを羽織って玄関へと足を進めた。 ※ ※ ※ 「柳生、んなとこで寝なさんな。風邪ひくぜよ」 「嫌です。私はもう眠いんです!」 「嫌ちゅうてもな、ここ玄関じゃし」 「おやすみなさい」 「じゃから寝るな!」 玄関先で寝ようとする柳生を止めて、まずは靴を脱がせる。動く気の無い柳生を仕方なく抱き上げて、仁王は柳生の部屋へと向かった。 細身の柳生とはいえ、さすがに重い。久しぶりに触れさせてもらえたと思えたらこの様だ。なんとなく面白くなくて、仁王はこっそりと舌打ちした。当の本人は半分夢の世界に入りながら、何かむにゃむにゃ言っている。 「着いたぜよ。寝て良いけど先にコート脱ぎんしゃい」 「今日ね、研究室の皆さんと初詣行ったんですよ」 「そうじゃったなぁ……はい、右手」 「皆でおみくじ引いたんです」 「おん」 「柳君、末吉でした」 「普通すぎて面白くないのう……はい、左手」 「私、大吉でした」 「良かったのう……ほれ、もう寝て良いぜよ」 脱がせたコートをハンガーにかけようとすると、裾を掴まれた。 ベッドに横になる柳生は目を閉じたまま動く様子は無い。しかしその力は強く、寝ていない事が分かる。 「何じゃ、やーぎゅ」 「“待ち人”は、来るそうです」 「……」 「“縁談”は結ばれるそうです」 「……」 「でもそれは仁王君以外の人ですよね?」 「柳生」 「だって仁王君は私を捨てました」 言い返す事もできない。そう取られても、仕方ない。 「飽きて捨てたからずっと帰って来なかったんです」 「柳生……」 コートを床に捨てて、仁王はベッドに座る。呼応するかのように、柳生が顔を上げた。 「仁王君なんか嫌いです」 「……ごめんな」 「大嫌いです」 「そうじゃな」 「出て行ってください」 「分かった」 「嘘です。出て行かないでください」 「どっちじゃ」 「あけましておめでとうございます」 「もう良い、寝ろ。出て行け言うなら明日出ていくナリ」 酔っ払った柳生というのは初めてで、どうすれば良いのか分からない。それでも傷付けた事は分かったので、柳生の言う通りにするしかない。 出ていけというのなら、それも仕方ないだろう。 ところが柳生は、しょぼんとしたまま放そうとはしない。 「やーぎゅ。今日はもう寝よう。お前酔うとるけ……」 「酔ってないです」 「あー、はいはい」 「仁王君」 「今度は何じゃ?」 不意に、引っ張られた。そのまま柳生の上に倒れ込めば、ふわりと抱きしめられる。 囁く柳生の吐息が、仁王の耳をくすぐった。 「仁王君は私が嫌いですか?」 「……嫌いじゃないぜよ」 「だったら……」 一度強く抱きしめられて、次の瞬間にはその手が緩んだ。眠ってしまったのかと思えば、そうではない。柳生は涙を浮かべて仁王を見つめていた。 今にも泣いてしまいそうな瞳が、苦しげに微笑む。 「私と少し、遊びませんか?」 誘われて断るような余裕、仁王は無い。同時に断る事すら罪悪感を覚えて、仁王は誘われるがままに柳生の唇に自らのそれを重ねた。 |