呼び鈴が鳴ったのは深夜の事。

今日は1日オフだった。愛する人と楽しい時間を過ごすためにプレゼントを用意し、不器用ながらも料理をして、彼が帰ってきてから食事をし、風呂に入り、さて今からがお楽しみ。彼に寄り添って見つめ合い、ゆっくりと唇を重ね……というまさにその時だった。

タイミングの良すぎる呼び鈴。最初は無視していたものの鳴り止まない音に我慢ならず、赤也はリビングを飛び出した。

一体誰だろうか、こんな時間に──苛立ちが抑えきれないままドアを開けて驚いたのは、赤也本人だった。


「仁王先輩!?」

「久しぶりじゃのう、赤也」

「え、仁王先輩なんで……」

「しかし良い暮らししよるのう……その歳で一戸建て暮らしとは」

「仁王先輩は行方不明って、柳生先輩が……」

「ところで赤也、ちょっと泊めてくれんかのう」

「は?」

「構うな、赤也。捨てておけ」


背後からしたのは、愛しい低い声音。何じゃ、お前も一緒か──仁王が呟いた。


「大方比呂士の部屋に行ったが追い出されたのだろう。言い様だな。似合っているぞ」


ふん、と柳は鼻で笑う。

暗くて分からなかったが、よく見れば仁王の顔は鬱血していた。


「グーで殴りよったぜよ、アイツ……おかげでまだ痛みが引かん」

「殴られただけで済んで良かったな」

「ついでに振られた」

「自業自得だろう。そこで野垂れ死ぬのがお似合いだ」

「いや、玄関先で死なれても……」

「行くぞ、赤也」

「え、でも柳さん、仁王先輩は……」

「お前は俺より仁王を選ぶのか?」

「いや、そんな事無いッス!」




※ ※ ※





ガチャン、と無情にも目の前の扉は閉まる。期待はしていなかったが、いよいよ行く当てが無くなった。

これから赤也と柳はお楽しみなのだろう。自分とは雲泥の差。仁王は彼等の家の玄関先でうなだれた。

もとより無一文の身。これはもう本当に野垂れ死ぬ以外に無いかもしれない。


「くそ……参謀なんか嫌いじゃ。だいたい昔から俺には厳しすぎる」


しかしそれもこれも自分のせいなのだ。柳の言う通り、自業自得。誰にも何も言わず好き勝手をし、柳生に寂しい思いをさせてしまった。もしかしたら柳生のその気持ちを、柳は知っているのかもしれない。

けれど行方を眩ましていた間の事を話しても、突飛すぎてきっと誰も信じてはくれないだろう。柳達はもちろん、柳生でさえ。

柳生は素直じゃない。しかし実は自分も同じくらい素直ではないし、むしろ柳生以上に厄介な事を仁王は自負している。元来の性質だろう。学生時代の異名通り、“詐欺師”のような生き方しかできないのだ。


「あの、仁王先輩……」


一度は閉ざされた目の前の扉が、僅かに開いた。恐る恐る顔を覗かせたのは、赤也。

背後を伺いながら声を潜めて、赤也は続けた。


「本当に野垂れ死なれても困るんで、コレ……」


差し出されたのは、諭吉が三人。


「俺は泊めても構わないんスけど柳さんが絶対嫌だって言うんで……まぁ時期が時期だしホテルも空いてないとは思うんスけど、せめてネカフェかどこかで……」

「何をしている、赤也?」

「え、いや、何でも無いッス!」


それじゃ──そう言い残して、目の前の扉は再び閉じる。鍵をかける音がして、今度こそ開かない事が分かった。

しかしまさか赤也に情けをかけられる日が来ようとは……


「さて、どうするかのう……」


仁王は溜め息をつきながら立ち上がった。

いつまでもここにいては赤也に迷惑がかかる。柳はどうでも良い──とは言わないが、気遣ってくれた赤也に迷惑をかけるわけにはいかない。

街灯が照らす路地をトボトボと歩く。

嫌みな程に美しい星空を睨みつけると、ジャケットの中が震えた。取り出してみると、ディスプレイに表示された名前に一瞬怯む。


『ケータイは生きてるんですね』

「連絡一つ寄越さんかった奴が何を言うとる」

『その言葉、そっくりそのままお返ししますよ』


返す言葉が無い。

気まずい空気そのままに、柳生は淡々と言った。


『とりあえず今日のところは戻ってきてください。凍死されても困りますから』

「……」

『聞いてますか? それとも本当に凍死しますか? 犬の餌にでもなりますか? あぁ、それでは犬が可哀想ですね、何の罪も無いのに貴方のような人を食べなければならないなんて』

「……それはあんまりじゃろ、柳生さん。仁王君傷付くぜよ」

『あんまりなのはどちらでしょうね? 私は早く休みたいんです。さっさと戻ってきてください』


あぁ、それから──と、柳生は続ける。


『食事は冷蔵庫の中のものを使って頂いて構いませんから勝手にしてください。あ、でもところてんはダメですよ? 頂いたお金は後日、切原君に返してくださいね』









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