あの日以来、仁王君は毎晩のように私を抱くようになりました。時には激しく、時には優しく……しかし決して愛を囁く事は無く。

それは構いません。最初に望んだのは私ですし、仕方のない事ですから。

けれどその度に仁王君が見せる苦しげな表情が、私までも苦しめているのです。










「じゃあ特に変わりは無いんだね?」

「おん」

「そっか……」

「何じゃ。残念そうじゃな」

「まぁ本音を言えばね。でもこういうのは焦っても仕方ない。ゆっくり思い出していこう」

「まるで自分に言い聞かせとるようじゃな。焦っとるのはお前さんじゃろ、幸村」


図星。

当たっているから、反論もできない。

苦笑した俺は逃げるように仁王に背を向けると、パソコンのカルテに打ち込んだ。

“No change”

この言葉ばかり並ぶカルテは、正直もう見飽きてしまった。何か刺激になればまた違うかもしれないけど──……


「そういえば柳生はどうしてる?」

「柳生?」

「夜になるとこっそり泣いてるって言ってただろう?」

「あぁ」


思い出したのだろう。

途端に不機嫌になった仁王は、何故か唇を噛み締める。


「昔の男の事でも思い出しとったんじゃろ」

「昔の男?」

「俺に似とるか、境遇が同じか……」

「ちょっ、ちょっと待って仁王。昔の男ってどういう事?」

「そのままの意味じゃ」


いや、待て待て。俺が知る限り“柳生の昔の男”と言えば1人だけ。

不貞腐れたように、仁王は続けた。


「何じゃ。お前さん知っとるんか?」

「まぁ、一応は」

「ふぅん。どんなヤツ?」

「……もしかして仁王、それで不機嫌なの?」


なんだかおかしくてつい笑ってしまえば、仁王は更に機嫌を悪くしたのだろう。もういい、と言って立ち上がった。


「診察は終わったんじゃろ? ありがとうございました、幸村センセ」

「悪かったよ、笑ったりして……そう機嫌悪くするなって、仁王。これから丸井達と待ち合わせだろう? 俺も誘われたんだけど見ての通り仕事だからさ、楽しんでおいで」


仁王は何も言わず、ドアに手をかける。そのドアが閉まりきる前に、俺はこう付け加えた。


「そんなに気になるなら柳生に直接聞いてみなよ。教えてくれるかは分からないけどね」










太陽の光を浴びながら、ボールが地面を跳ねる。小さなそれはそのまま転がり、コートの外に出てしまった。


「はい、俺等の勝ち〜! 残念だったなジャッカル、赤也」

「約束通り飲み物買ってきてもらうかのう」

「あとアイスな。俺イチゴのヤツとバニラのアレと……」

「調子乗んな、ブン太! 飲み物しか買わねぇよ」

「うわぁ……俺金無いのに」


テニスで負けた奴等が全員分の飲み物を買ってくる──そんな罰ゲームを事前に決めたゲームで勝ったのは俺と仁王のペア。ちなみに組み合わせはくじ引きで決めた。

負けたジャッカルと赤也が文句を言いながらもコートから出て行く。赤也の金欠病なんて知らねぇよ。


「けど久しぶりだな、こうやって皆でテニスやんの」


……って、コイツはそんなの覚えてねぇか。

分かっていた事とはいえ改めて現実を突きつけられると、少し苦しい。でも俺以上に、比呂士は苦しいはずだ。そう考えるとアイツ、ホント頑張ってるよなぁ。


「皆っつっても4人しかおらんじゃろ」

「仕方ねえだろい。比呂士も柳も幸村君も仕事だし、真田も出張だって言うし……けどお前、あれはやりすぎじゃね?」

「何じゃ」

「イリュージョン。真田相手だから赤也が本気になっちまったじゃねぇか」


無意識だとは思う。ただ身体が覚えていただけ。

それでもイリュージョンで真田を引き出した仁王に対して、赤也は本気になっちまった。コイツには言ってないけど「仁王が何か思い出すかもしれないから」と始めたゲームなのに、本来の目的を忘れやがって。


「知らん」

「まぁ勝てたし別に良いけどよ」


けど……記憶が無くても覚えてるもんだな。幸村君から個人差があるとは聞いてたけど、正直驚いた。比呂士のレーザービームくらいなら……って思ってた程度なのに。


「なぁ、なんで真田になったんだよ?」

「なんで……うん、なんでじゃろな。あのオッサンがアイツには有効じゃって何となく思った。他にも何人か浮かんだけど……」

「それ、知ってるヤツ?」

「いや。あ、柳と幸村は知っとるけど」

「……他にどんなヤツがいたんだよ?」

「他? 何か腕に包帯巻いとるヤツに帽子被ったチビ。それから……糸目。けどアイツは何か使いたくなかった」

「糸目って不二? そりゃたぶん因縁だな」

「因縁?」

「俺等が皆同じ学校のテニス部だってのは聞いたろ? 全国大会決勝でお前、そいつに負けたんだよ」

「へぇ……」


柳じゃないんだから、たぶん間違いないと思う。

覚えの無い負けた事実が不快だったのだろう。仁王は不機嫌そうに眉を寄せると黙り込んでしまった。


「あ、けどあの時は俺とジャッカルも負けたんだぜ。しかも相手には時間稼ぎとはいえ途中まで手加減されてたし……今思い出しても腹立つぜ」

「なんでまた負けた時の話なんかしてんスか、丸井先輩」

「んな話してもどうしようもねぇだろ。ほら、お前はコレで良いよな?」

「サンキュ。いつもの分かってんじゃん、さすがジャッカル」


戻ってきたジャッカルの手から赤い缶を受け取ると、すぐに口を開ける。冷たくて甘いジュースは、汗をかいた後にはピッタリ。

ちらりと仁王を見やれば、アイツも赤也から何か受け取っている。白いそれは、仁王自身の髪の色を彷彿させた。


「それより丸井先輩、これ飲んだらもう一回やりましょうよ。負けっぱなしじゃ気がすまねぇッス!」

「じゃあチーム変えてやるか。罰ゲームは──」


テニスをしていただけ。久しぶりのゲームを、楽しんでいただけ。

ただそれだけ。

だからこの時の俺に、その後あんな事が起こるなんて想像できたはずがない。

次の罰ゲームを決める俺達の姿を、仁王はぼんやりと見守っていた。







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