永倉×斎藤
1/1




「おい!おい待てよ、斎藤!」
「……断る!」


過去を悔いるより、
未来を嘆くより、
を生きよう



ドタバタと足音をたてて、屯所内を駆けずり回る。それが平隊士ならいざ知らず、その足音の主は、組長である幹部なのだから驚きである。

「何だよ!なんでそんなに逃げンだよ!」
「っ…あんたには関係ないだろう。追い掛けてくるな!」
「この俺が逃げるモンをみすみす逃がすわけねぇだろーが!」
「なんだその理屈は!」

先を走るのは、声を荒げることの方が珍しいであろう、斎藤一。そして逃げるそれを追い掛けているのが、半ば意地で捕まえようとしている永倉新八であった。

「おい斎藤よぉ、お前がそんなに逃げるってことは、どうせ土方さん関係なんだろ?」
「…な…っ…ぜ、わかる…」

声が裏返って、徐々に小さくなる。走っているので新八から表情は見えないが、きっと頬を染めているのだろう。

「あ!アレ土方さんじゃねぇか?!」
「何?!」
「な〜んちゃって」
「な!…っ、うわ!」

びくりと動きが緩くなった一の、うなじ近くの着物をガシッと掴むと、そのまま引き寄せる。ぐらついた一を抱き留めながら、新八もそのまま尻餅をついた。

「よっしゃ、やっと捕まえた」
「……、不覚…」

ぎゅうっと後ろから抱きしめる。新八の大きな暖かいぬくもりが一を包むと、どきどきと心臓が鳴る。その音が新八に聞こえやしないかとハラハラしながら、一はむっすりと頬を膨らませた。

「で?なーんで逃げたわけ?」
「……………」
「誰にも言わねぇし、言ってみなって」

優しく耳元で囁く。それに一も漸く重たい口を開いた。

「……副長の…」
「土方さんの?」
「大切にしておられる、湯呑みを…」
「…もしかして?」
「……割ってしまった」
「あ〜…」

ずん、と沈みきった雰囲気で一が俯く。そんな様子に苦笑しながら、新八が一を抱きしめる力を強くする。

「ま、仕方ねーよ。割っちまったもんは」
「…俺はそんな風に簡単に割り切れない」
「いちいち過去を悔やんでたって、割れた湯呑みが直る訳じゃねーだろ?」
「…俺は…副長ががっかりされるのは、とてもじゃないが堪えられん」
「まぁまぁ、土方さんだってガキじゃねーんだからさ、湯呑みの一つや二つ割れたくらいじゃ落ち込まねぇって」
「しかし……」

もう完全に自虐世界に入り込んでしまっている一に、新八が抱きしめていた腕を離す。そしてそのまま立ち上がってしまうと、やはり新八も失望してしまったかと思い、情けなさで一は顔を上げられずにいた。

「しっかたねぇなぁ…ほら!」

しかしそんな一の目の前に現れたのは、新八のごつごつした大きな掌。

「?」
「何やってんだよ早く行こうぜ?土方さんの湯呑み買いによ」
「買いに…?」
「うじうじ後悔して先を悲観するなんざ、侍のすることじゃねぇだろ!似たような湯呑み買って謝りゃ、いくら鬼の副長だって許してくれるって」
「……新八…」

見上げた新八は、優しそうに笑っていた。そんな新八の手を、眩しそうに見上げると、一もまた少し笑って、その手を取った。



(……あんたはすごいな。後悔したことなど、無いのではないか?)
(馬ッ鹿、俺だってあるぜ?例えば花街の別嬪を前にしてんのに、酔っ払って寝こけちまった時とかな。あれは目覚めた瞬間死にたくなるくらい後悔すんだよな〜。ああ、昨日の俺はなんて役立たずだったんだ!ってな)
(………俺はたった今あんたを褒めたことを激しく後悔している…)
(あっ、ちょっと待てって斎藤!俺も今後悔してる!めちゃくちゃ後悔してるって!)



≪終≫






- 1 -



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -