「ローさぁーん!次こっち行きましょー!」
紙袋を沢山提げた腕をぶんぶん振って先を進むそいつは、人が思わず俺を見てしまうほどの大声で俺の名前を呼んだ。
いつもの事ではあるが、どうもこのパターンは好きになれない。ほら、こうやって人混みが自然に避け、俺とナマエとの間に真っ直ぐ道が出来てしまう。
「ローさん!」
「今行く」
今行くから、少し黙って待ってろ。
両腕には紙袋、さらに提げきれず手にも持って、ナマエは満足げに相変わらず俺の前を歩いていた。もういい加減ショッピングはいいだろう。そう言ってやりたいが、如何せん久々の上陸だ。「女の買い物はストレス発散に丁度いいんです!」と力説していたナマエは、まだ物足りないのか辺りを見回していた。
「あっ。ローさん、あそこ入りませんか?」
手が使えないナマエが顎で指す先にはこぢんまりとしたカフェ。女なら顎使うな。そう思いつつ、ぼんやりと肯定の返事をした。
ナマエは大荷物を抱えながらも店へ駆け寄っていく。その背中をゆっくり歩いて追うと、ショーケースの前でナマエが指を口元に当てながら唸っていた。
「どれにしよう......。ベリータルトも美味しそうだし、ガトーショコラも捨てがたい......」
ローさん、何か食べます?横に並んだ俺にナマエが問う。
「いや、コーヒーだけでいい」
「うわあ、つまんない」
「甘すぎんのは苦手なんだよ」
「知ってますけどー。でもほら、よくあるじゃないですか。彼女が『どっちにしようー』って悩んでたら、『俺がこっち食べるから、半分やるよ』っていう彼氏の件!」
「馬鹿、俺らはそういう仲じゃねえだろ」
むすっとした顔でナマエが視線をよこすが、早くしろ、と目で訴える。
「けち」
「ここまで金使っといてそれを言うか」
「はいごめんなさい」
結局ナマエはレアチーズケーキにしたらしく、自分の紅茶と俺のコーヒーを一緒に頼んだ。払っている金は本人のポケットマネーではなく、うちの資金だが。
二人で空いている席に座り、俺は差し出されたカップを手にとって一口飲んだ。向かいに座るナマエは幸せそうな顔をしてケーキを食べている。こいつはまた、呑気さに拍車をかけたな。
ちまちま食べるナマエを少し急かし、船に戻るために店を出た。
「えっ、いいですよっ」
「いいから黙って渡しておけ」
大量の紙袋の三分の二をかつぐ。ナマエは未だわたわたしながら俺を見ていたが、少しして静かになると、
「あ、ありがとうございます...」
俯き加減で微笑みを浮かべ、礼を口にした。
「早く帰るぞ」
「はいっ!」
今度は俺が、半歩先を歩く。
さっきよりも近くなった俺たちの距離が何を意味するのかは分からない。が、いつもより優しい笑顔をしたナマエとこうやって歩くのは、いつもよりいい気分だった。
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