「おにーちゃーん!」
ぱたぱたとこちらに駆け寄る足音。遅い朝食を取っていた俺は、顔だけそちらに向けた。
「おにいちゃん、おはよう!」
隣までやって来て、太陽のような笑顔を俺に見せる幼女。
「おはよう。ナマエ」
そう言って、俺はナマエを膝に乗せた。小さいこいつは、乗せたところで大して何も変わらないんじゃないかと思うくらいに軽い。
おはよう、なんて言ってはいるが、もう昼近いのが現実だ。朝食と昼食を一色単にしたように、俺はパンをかじった。
「おにいちゃん、みてみて!」
つむじを俺の胸に付けて見上げる。このときの表情がなかなか良いということに最近気づき、俺はナマエを頻繁に膝に乗せるようになった。
「おりがみしたの」
「ベポと、か?」
「そう。べぽと、あと、しゃちも!」
ナマエが差し出したのは折り紙だった。赤い色紙で折っている。それを受け取って、俺は指で挟んで眺めた。これは何だろう。花なのか?
暫く考えていると、じっと俺を見つめるナマエと目があった。......そうか。
「すごいな、ナマエ。上手くできてる」
くしゃりと頭を撫でると、ナマエは嬉しそうな声を上げた。やはりそうか。ナマエは俺に感想を言ってほしかったんだ。気持ちよさそうに目を細めるナマエに、思わず俺も口元が緩んだ。指に柔らかい髪が絡まる。
「これは花か?」
「ううん。うさぎさん、だよ!」
ウサギ、か。そうか。訂正する。これはウサギにしか見えない。もしこれを見てペンギンが花だと言ったら、バラバラにしてやろう。いや、言いかけた時点で、アウトだ。
「くれるのか?」
「うんっ」
「大切にする」
「うんっ!」
正直、俺は子供が苦手、というより、嫌いだと思っていた。だから、ある島で親を目の前で失ったコイツを見たとき、何故引き取ろうと思ったのか。自分でも分からなかった。
だが。今ならはっきり言える。俺は子供が嫌いだ。苦手だ。でも、ナマエだけは特別。
ほら、今も。ふふふ、と笑うナマエが、俺の膝の上で、俺だけに、その顔を見せている。そう思うだけで、こんなにも幸せなんだ。
「おにいちゃん、これ、いる?」
「ん?」
身をよじってポケットから何かを取り出し、広げた手には二粒の飴玉。甘い物はあまり好きじゃない。でも、きっと。
「あぁ。ナマエ、口に入れろ」
「はいっ」
「......うめぇ」
コイツの手に触れたものなら、きっと、違う味になる。俺はナマエの手からもう一粒を取って、ナマエの口に入れてやった。頬に飴玉の形を浮き出しながら笑う、その顔を、ずっと傍に置いておきたい。
「ナマエ、お昼寝するか」
「おにいちゃんと?」
「あァ」
飯もそこそこに、俺はナマエを抱いて立ち上がった。少し鼻先を髪に埋めると、シャンプーと、潮の香り。
「おひるね、する!」
ナマエをしっかり抱きしめて歩き出した。さっき起きたばかりだが、そんなことは関係ない。ナマエを俺が独占する。その方が、今は大切だ。
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