夜中の静かな部屋に、電伝虫が鳴り響いた。ベッドの上にいた私は読んでいた本を閉じ、その受話器を取った。
「もしもし」
「俺だ」
「...キャプテン?」
声だけで分かる。かけてきたのは、ハートの海賊団の船長であるローだった。こんな時間に電話なんて珍しい。私は椅子を引いて座り、机の電伝虫と向かい合った。
「どうしたんですか?こんな夜中に」
「いや、別に大した用事はねェ」
「はぁ......」
用事がなくて、キャプテンが電話。何て返せばいいのか分からなくて、思わず気の抜けた声しか出なかった。
「お前、今何してた」
「読書です、読書」
ちらっと横にある本に目を向ける。それは恋愛物で、ある少女が身分違いの青年に叶わぬ恋をするお話だ。
状況は違えど、それが私とキャプテンに重なって。それを言ったら、ペンギンには文字通り苦笑いをされ、シャチには『そんなことしてると、叶うモンも叶わなくなるぞ!?』と言われた。
「そうか。邪魔して悪いな」
「いえ、全然大丈夫です」
むしろ、キャプテンの声が聞けるなら。そんな本を読んで眠りにつくよりも、ずっとずっと幸せになれる。
「1人か?」
「当たり前じゃないですか。どこの女の子がこんな真夜中に男を連れ込んで、読書しますか?」
「ククッ。そうだな。そりゃあそうだ」
その笑う声も。電話越しのあなたの表情も。すべてが愛おしくて、手が届かなくて。
「今からそっち行くぞ」
「え......は?」
「入るぞ」
「え、」
入るという言葉の直後、私が口を開く前にはもう部屋の扉が開いていた。そこには電伝虫を持ったキャプテンがいた。
「え...あの、何で、え、」
動揺する私の横を通り過ぎ、椅子に座る私の後方、ベッドに腰掛け足を組むキャプテン。口角を上げ目を伏せながら、彼は動じずに電話口を自分の口に近づけた。
「なんだ。俺の顔に何かついてるか?」
目の前と机の上から、キャプテンの声が聞こえる。変な感じだ。意地悪な笑みでキャプテンが言うので、私は背中を向けて再び電伝虫と顔を突き合わせた。
「いや...てゆか、その、お、女の子の部屋に侵入するのは如何なものかと」
「嫌だったか?」
「嫌......では、ない、ですけど...」
キャプテンは喉の奥で笑う。確かに非常識だけど。でも、キャプテンだから私は嫌と言えないんだ。
キャプテンと2人きりだと考えるだけで高鳴る胸。きっとバレバレなんだろう。この男には。
「あの」
キャプテン。今こんなに緊張しているのは、私だけなんですか?
「からかいに来たんだったら、帰って下さいね。私もう寝ますから」
本当はもっと、一緒にいたい。こんな風に2人の時間が作れるなんて、そうそうない話だ。
でも。一方通行なのが分かるから。だから、この時間が辛くもあるんだ。
「好きな奴の所へ来るのは、いけないのか?」
キャプテンの口から出る、“好き”という言葉。私には分かる。それは、私の“好き”とは違うことが。何度言われて、何度ときめいただろう。でもそれも、今では私の心を締め付けるだけなんだ。
「好き...とか、平気で言わないでください」
「、ナマエ?」
私は机にひじを突いて、受話器をぎゅっと握り締めた。
「簡単に...言わないでください。私、もう辛いです。キャプテンに好きって言われる度に、こんなに、苦しくて」
言わなきゃいけないと思っていた。けれど、それで私とキャプテンの間に亀裂が入ったら、困るのは目に見えていた。だからずっと締まっていた。
キャプテンはじっと黙っていて。私は止まれなくて。仕方ないとどこかで思いつつ、話を続けた。
「私の気持ち、分かっているんですよね?それでからかってるなら、尚更、止めてください...。私も、クルーの1人として、そういうのは...止めますから」
「好きな女に好きと言って、何が悪い」
「......っ、本当にそう思ってるなら...、ちゃんと目を見て、言ってください」
何言ってるの、私。そんなこと言って、余計に傷つくのは自分なのに。
うしろでスプリングのきしむ音がして、それから近付いてくる、キャプテンの足音。どんな顔をすればいいのか分からなくて、私は体を強ばらせながら目をつぶった。
「ナマエ」
片方の手首を掴まれる。堅く閉じていた目を開け隣を見ると、キャプテンはしゃがんで私を見上げるようにしていた。掴まれている手首が、熱い。
「ナマエ、好きだ」
今まで見たことのないような彼の真剣な顔。その目は私の目を捕らえていて。一気に熱が集まった顔を、私は咄嗟にそらした。
「い、いです。そんな、」
「お前にはいつも、本当のことしか言っていない。本当に、好きなんだ。お前が」
いつだって冗談みたいに言われていた言葉が、今は違う響きを持っていた。キャプテンがふと立ち上がったと思ったら、次の瞬間、私は抱きしめられていた。
「ナマエ。俺に先に言わせたんだ。お前も言うことがあるんじゃねえのか?」
耳元からその低い声が体に入り、私の芯を震わせた。キャプテンの温もりで、感覚がなくなっていく。緊張と、動揺と、恥ずかしさと、嬉しさと。
震える私の唇があなたにその言葉を紡ぐまで、あと少し。
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