気まぐれに思いついたSSのせてみるページ

あったかも知れない世界4
「剣城優司くん、ですね?」
部活帰りで京介の迎えがてらジュニアチームに顔を出そうと河川敷へ急ぐ足が止められる。
少し袖の長いスーツと目深に被っている帽子の男は、なんだか高級そうな車から降りて俺の目の前に立ちはだかった。
「そう、ですけど。貴方誰ですか」
すぐに逃げられるよう、右足を半歩後ろに下げて。
なんとなく、少しでも距離を置きたかった。
そうでもしないとこの目の前の男から放たれる不気味な気配に怖じ気づいてしまいそうだった。
「そんなに警戒しないでください。私は君に良い話を持ってきたんです」
「良い話…?」
「君の双子の優一くん。彼の足を治すための資金を援助して差し上げます」
ドクンと、心臓が大きな音を立てた。
優一の足を治せるかもしれない。
そのことにとてつもない興味を引かれた。
それと同時に感じたのは、とてつもない不信感。
「なに言って…!」
「もちろん条件があります」
その男は俺の顔面すれすれに腕を伸ばし、手を差し伸べる。
「君がフィフスセクターに協力してくれるのならばその報酬として、治療代をフィフスセクターがかわりに出して差し上げます」
こんなうまい話があるだろうか。
フィフスセクターといえば少年サッカーを管理すべく設立された、俺からしてみれば自由にサッカーをさせてくれない忌まわしい組織だった。
だがフィフスセクターにしかない施設や訓練で実力をつけたという他校の噂も聞いていたために、少しの興味もあったのは否定できないでいた。
「君の実力は本物です。ゆくゆくはプロリーグ入りも出来るかも知れません。ですがこのままのサッカー界ではその才能を潰されかねない。そんなことにはしたくないとフィフスセクターは君を勧誘することにしたんです。その際失礼ながら君の家庭のことを調べさせてもらいました。協力していただければ優一くんの治療費はこちらで出させていただきますよ」
実力を認めてもらえた。
フィフスでもっとサッカーが強くなれる。
なにより優一の足が、京介の罪がようやく消えて三人でサッカーが出来る。
忌まわしいと思っていた組織が急に魅力的な所に見えてきてしまって。
やります!と返事を、しそうになってしまっていた時。
「フィフスセクターで一緒にサッカーを管理しましょう」
その一言に、喉元まで出ていたものが、すっと下がっていったような、頭が冴えるような感覚になっていった。
管理サッカーの管理をするとはつまり、俺のしたいサッカーが、優一とのサッカーが出来なくなることと同等であることを意味していた。
実力はつけたい。もっと強くなりたい。
強くなって、いろんな奴とサッカーして、いろんなプレーを見てみたい。
でもそれは、優一が隣にいてお互いに笑いあえるという条件があって初めて楽しくなるものであると思っていた。
今だって、病室でサッカーをするためにリハビリをがんばって、俺や京介のプレーの話を聞いて心から笑ってくれる優一がいるから、俺は優一のためにも、俺のためにも楽しいサッカーをしたいと。
そう願っているのに。
「…管理サッカーの管理なんてお断りだばーか」
さっきから薄気味悪い笑みを貼り付け手を差し伸べていた男の手を叩き落とし、男を避け走り去った。
「優一くんの足は良いのですか!!!」
「うっせ俺は優一とのサッカーをするんだ!!!管理サッカーなんてもんの管理なんてしてたら優一もサッカーも泣くだろ!!!!!」
叫ぶ男の声を背中に聞きながら、俺は河川敷まで脚を止めることはなかった。

「…やれやれ、勧誘失敗、ですか」
走り去った優司の背を追うこともなく、男は呟いた。
静まりかえったそこに携帯の着信音が鳴り響く。
「…はい、黒木です。…ええ、剣城優司くんの勧誘には失敗しました。あれはしつこく行ってもだめですね。あきらめるしかないようです。ですがその弟は引き込みに成功しました。…はい、では、そのように」
通話をやめた携帯を片手に、黒木は薄く笑う。
「さて、邪魔者は飛ばしますかね」

この3日後、優司は校長から強制アメリカ留学の話を聞き、一週間後にはアメリカへと旅立たされていた。





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