気まぐれに思いついたSSのせてみるページ

あったかも知れない世界7
「行かなくて良いのか?京介」
「良いんだ。オレが行かなくてもアイツらは勝てるさ」
優一と京介の会話に黙って耳を傾けたまま、俺は病室のテレビに釘付けになっていた。
ホーリーロード地区大会第3回戦。
かつての母校、雷門中は帝国学園との試合の真っ最中だった。
フィフスの勝敗指示が出ているだろうに、両チーム共に勝ちたいと思わせているような、久しぶりにホーリーロードを見ていてとても胸があつくなるような、そんな試合。
一つだけ盛り上がれない原因は、そんな試合に出られなくとも控えのベンチにいるはずである、雷門の選手であるはずの京介が、優一の病室でその試合を観戦しているということだ。
前半が終了して雷門は帝国に押されぎみだった。
必殺タクティクスが決まらないこと。
それには最後のキッカーのキック力が足りてないことが見てとれた。
「京…」
「オレ、なにか飲み物買ってくる」
俺が話しかけるのを聞かずに病室から逃げ出した京介に、優一とアイコンタクトを取った俺達は優一を車椅子に乗せると京介の尾行を始めた。
その先にあの黒い服の男がいることも知らずに。

「オレは!お前にこの足を治してくれなんて頼んだか!一度でも!!!」
優一の怒号を病室の外の壁にもたれ掛かってただ聞いていた。
かつて、幼い京介に怪我をさせようとした俺にそうしたように、いや、それ以上の剣幕かもしれない。
こんなにも優一が京介に叫んでいるのを見るのは初めてだった。
手足の出るのが早いやんちゃ勝ちに見られる俺なんかと違って、優一は怪我をしてから輪をかけて温和で物腰の柔らかい、優しいお兄さんな印象があったからさぞや京介は縮こまっているのではないかと心配はしないでもない。
ましてや京介は俺達双子にとってなくてはならないほどに大切に守ってきた、守ろうと誓っていた弟だ。
その分京介がフィフスセクターにその身を投じてサッカーを楽しめない状況に置いていた事が許せないんだろう。
俺とサッカーを続けてくれるよう願って助けた事を仇で返されて悔しいのだろう。
その事に気づいてやれなかったことを、きっと優一は自分自身が許さないんだろう。
優一に促されて病室から走り出た京介は、俺と目があったことで一瞬走ることを躊躇った。
その顔には"どうしたら良いかわからない助けて"と書いてあるような、そんなへこたれた情けない顔をしていて。
優一の叱咤は俺達兄弟のサッカーと優一の想いに対する裏切りを京介に気づかせてやるものだった。
そしてこれからサッカーとどう向き合うのか、これから先の道をどうするのか決めるのは、誰でもない京介自身である。
俺だって、留学で離れている間にどうしてフィフスの話に乗ったんだとか、楽しめないサッカーなんてやる意味があるのかとか、言いたいことは山ほどあったはずなのに。
「京介走れ、今ならまだ後半に間に合うだろ」
今はただ、京介の力が必要であろう仲間のもとへと急がせてやることが、俺の、俺達の仕事だと思ったから出た言葉だった。
まだ少し迷いがある顔をしていたけれども、それでも足を前へと進めてくれたことに少しほっとした。

優一と共に病室のテレビで後半戦の始まるのをただ黙って見ていた。
優一が少し厳しい顔をしていたのできっと俺も同じ顔をしているのだろう。
後半開始準備のためフィールドに出てきた選手の中に京介の姿を見つけてほっとした双子は、一言も話をしないまま試合を見続けた。
雷門の勝利で試合終了のホイッスルを聞いたとき、優一と思わずハイタッチを交わした。
画面の向こうでも丁度京介が天馬くんとハイタッチを交わしているところだった。
久々に本当のサッカーをしてくれている京介を見て安心したんだろう。
先程の剣幕が嘘のような優一の笑顔を見ていたら京介に言いたかった文句が頭からすっぽ抜けていた。
「このまま雷門優勝すればいいな」
そう言う優一に、俺は笑って言ってやった。
「するだろ。アイツらなら」
ただ勘で言ってやったけれども、本当にそんな気がして止まなかった。
さて、次に京介に会ったときは素直におめでとうを言ってやろうか。
それとも優一がまだ怒ってたぞなんて冗談を言ってやろうか。
きっとおっかなびっくり病室に報告に来るであろう弟に会うのがとても楽しみで仕方がなかった。




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