カルデアの亡霊
 まさに威風堂々。王としての気風をこれ以上にないほど纏った英雄王ギルガメッシュは、ウルクの城下へ下りて行くだろう立香たちカルデアに向けて言い放った。
「ところで頭上で呑気に宙返りしている礼装は置いていけよ。それは我が民故にな」
 はい?と人類最後のマスターは聞き返した。あまりに予想外のタイミングで、当該の礼装──悠久の時を超えて、という礼装の出自を知ることになったからである。ウルクにまつわる概念礼装だったのかとマシュと顔を見合わせる立香の上空で、礼装は目を瞬かせながら拒絶の意を示した。
 しかし、いくらギルガメッシュの要望であろうと立香は易々と概念礼装を渡すわけにはいかなかった。今はマシュが装備して戦闘に役立てている。彼女がウルクの民であり、ウルクの地理に詳しいのであればなおのこと立香たちカルデアの力になって欲しいものだった。
「申し訳ありませんが、ギルガメッシュ王と言えどお渡しすることはできません。悠久さんは現在カルデアの貴重な人員の一人です、彼女のサポートなくしては戦闘が行えません。どうかご理解を」
 十分すぎるほどの気迫を纏うギルガメッシュにどう言おうか立香が迷っていると、マシュが丁寧な言葉できっぱりと断言した。ギルガメッシュは一瞬眉を顰めたものの、マシュの抗議に憤る様子はなく「悠久さん?」と口にする。
「……貴様、記憶を失っているのか」
 ギルガメッシュの言葉でようやくカルデア側も事実の齟齬に気がついた。彼女がウルクを知る人間であれば、ジグラッドまでの旅路でエルキドゥに扮したキングゥに騙されることもなかった。そもそも、概念礼装の出典を辿る術が魔術的に存在するなかで、ロマニが「おかしいな、成立時期が全く予想できないぞ……」と首を捻ることもなかった。本人の証言で解消されるはずだからだ。
 真偽を確かめるべく立香がマシュの頭上を仰ぎ見ると、彼女はあっさりした顔で頷いた。
──はい、綺麗さっぱり忘れてました!
 礼装は立香の持っている通信機越しに、報告するような声音で続ける。
──でも、ウルクにレイシフトしたら徐々に思い出して……忘れてたって言うより、記憶に靄がかかってたって言うほうが正しいのかも。
 何かプロテクトがかかっていたということだろうかと通信越しにダ・ヴィンチが疑問の声を上げた。レイシフト直後に得心がいったように頷いていたのは、自らの記憶を思い出していたからだったのだと、立香はジグラッドへ来る前の概念礼装の様子を思い出しながら考える。
 ギルガメッシュは心底どうでもいいような顔をして玉座から立香たちを見下ろしていた。
「記憶が戻っているのであればよいわ、とく己の責務に従事せよ。ここは貴様の郷里ではないが、我が貴様を知る以上貴様が我が民である事実に変わりない。今一度我が臣下として才を奮うがいい」
──えっ私前線出るつもりだったんですけど、だめなんですか?
 ギルガメッシュの理解を得られなかったと焦燥に駆られたマシュは、何とか説得しようと口を開きかける。だが、それよりも早く礼装が疑問を飛ばした。まるで知己に話すかのような口振りだ。
 あの英雄王ギルガメッシュに対してあまりにも馴れ馴れしくはないか?
 各々が薄らと考えていたことではあったが、この瞬間に皆がはっきりとそう認識した。どこにでもいる一般人がかの英雄王に対し砕けた態度を取っている。今更ながらにその異常性を感じ始めて、一同は概念礼装とギルガメッシュのやりとりをじっと見守った。
「先ほどの態度もだが、まさかカルデアの誰よりも我を知っておきながらカルデア側につくと口にしているのか?偉くなったものよな柊香」
──ヒエッ……も、申し上げます王よ、情勢の変わったウルクにて私が助力できることと言えばカルデアの戦闘補助を通してのみ。以前のように王のお傍で指示を出すには荷がかちすぎます。
「くどい!貴様は臣下としての立場を弁えすぎだ、我が妻であれば事情など差し置いて夫を選ばぬか!」
 まるで漫才のようなテンポで進む会話に、周囲は暫く沈黙したあと驚愕に包まれた。
「何だって、英雄王の妻ァ!?」
 ロマニの声が通信機越しにこだまする。カルデア職員二十余名の悲鳴に近い声も響くなか、ダ・ヴィンチさえも驚きに目を瞠っていた。驚愕の声はカルデアだけでなくウルクの民からも上がる。
 カルデア側は当然といえる反応だ。爆発を逃れて生き延びた職員のなかには技師もいるが、英雄王ギルガメッシュがどれほどの存在であるか、魔術師の世界に触れて理解しない者はいない。
 ウルクの市民たちには、王はいつのまに婚礼を挙げていたのかと疑問を口にする者もいれば、宙を浮いている礼装を女神のひと柱だと勘違いしあの王が女神を娶るものかと事実を受け止めきれない者もいる。
 阿鼻叫喚。そんな混沌とした状況をギルガメッシュが一喝すればたちまち騒ぎは止んだ。
「何を元に作成された概念礼装なのか不明だとは聞いていましたが、まさか英雄王ギルガメッシュの奥様だったとは……」
──え、私って正体不明の女だったの?
 マシュの呟きを初耳だとでも言いたげな顔をした彼女は服の裾をはためかせている。なるほど、言われてみればこの時代の花嫁衣装にも見えるかもしれないと立香は納得した。
「とにかく星見共よ、こやつが欲しくば相応の戦果を上げよ。見たところ礼装としての機能は我が后として過ごした生涯に起因している、我あってこその礼装であれば我が認めぬ限りは貴様らがそれを扱うことを許さん。柊香、壁の耐震強化についての報告へ目を通せ、褒美はシドゥリが昼に焼いたバターケーキだ」
──ではカルデアの皆様道中お気をつけくださいませ!
 あっさりとマシュの頭上を離れてふわふわとギルガメッシュの元へ漂っていく礼装に、立香もマシュも動揺を明らかにする。楽観主義なきらいはあるが義理堅いと思っていた彼女にここまであっさりと手のひらを返されるとは思いもしなかったのだ。
「いいや待ってくれ聞いてない!ぼくはそんなの知らないぞぅ!名前の響きや顔立ちからして彼女は日本人のはずだし、君の時代に彼女がいるのは在りえない!一体どういうことなのか説明してくれ!」
 ロマニの絶叫がジグラッド中に響いていた。
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