言の葉のあわい 6

「綺麗なネックレスだね。アルハイゼンからのプレゼント?」
「そうだけど……どうして分かったの?」
「緑と赤、わかりやすい主張だ」
「アルハイゼンの瞳みたいだなってオイラも思ってたぜ。旅人もだろ?」
「う、うん……はは」
「あ、あはは……。わざわざ探してくれたんだって、素敵だよね」
「ただの牽制だろう」

 ティナリとセノは私の首元に下がる宝石に早い段階で気づいていたけどあえて触れずにいたようだ。ただ、酒が入るとやっぱり聞かずにはいられなかったらしい。二人とも世話焼きだし、好奇心がある。アルハイゼンさんが女性に贈り物をすること自体が彼らにとっては想像しがたいことだから、多少の惚気を覚悟してでも突いてみたくなるのだろう。
 セノがあえて濁したにもかかわらずパイモンが空気を読まず指摘するので気まずくなった。旅人が申し訳なさそうに視線を逸らすので私も羞恥をうやむやにするために笑うしかない。

「僕の記憶が間違っていなければアレキサンドライトって名前の石だったよね。反射する光によって色が変わるって原理だった気がするけど、人工照明だと赤色になるんだね」
「そうみたい。原石の質が悪いと色の変化がまばらになってしまうから探すのに苦労したって話してた」
「つまりお前が身に着けている宝石には、色の変化がはっきりとしている高品質の鉱物が使用されているということか。だがそうなると説明がつかない点がある。外では緑色の宝石で、いまは中心の一点のみが赤く変色しているだろう。どういう仕組みなんだ?」
「たしかに不思議だね。他の宝石をくっつけてるような感じもしないし……。ちょっと見せてもらってもいい?」

 興味をそそられた彼らの要望に応えてネックレスを外す。ティナリは私の手からそれを受け取ると、慎重に扱いながら宝石を観察した。顔を近づけたり、掲げて光の反射具合を変えたりして分析を行う。アルハイゼンさんからの贈り物を受け取ったばかりのときの私とまったく同じ行動だ。
 学者たちの知的好奇心に置いていかれた旅人とパイモンは「あいつって金があることを見せびらかさないと気が済まないのか?」「定職に就いて真面目に働くのはすごいことだけど、ちょっとしつこいかな」などと話をしている。他人の懐事情を詮索するなとは良く言うが、自分の懐事情を大っぴらにするのも人の不興を買うということだ。彼はこれを知ってもたいして気にしないだろうが。

「繊細なカットだ。おそらく秘密はここに隠されている」
「一理あるね。うーん……どうすればこんな仕上がりになるんだろう。植生を把握するために地質学もある程度は勉強したけど、さすがに宝飾品の知識までは必要なかったから手を伸ばさなかったんだ。もどかしいな……見当もつかない」
「オレンジ色の光が当たると赤色に変わるらしいんだけど、緑のままの部分は光が当たらないようにしてるらしいよ」
「それを可能にする職人がスメールにいるんだ?」
「カーヴェに設計させた」

 背後からアルハイゼンさんの声がした。振り返って確認する前に、見覚えのある装飾をした腕がテーブルに手をつき私の行動を阻止した。

「カーヴェもさすがに専門外だろ、こんなの」
「要望と、大まかな理論を提示した。俺は職人じゃないからいくら頭のなかに思い描く設計図があっても実証することができない。要領さえ掴めばカーヴェなら細かな課題までクリアできるだろうと思ったんだ。あとはお抱えの技師にでも依頼すればいい」
「そういえば無茶なオーダーが入ったと零していたな。お前が依頼人だったのか」
「無茶ではない。原石は可能な限り大きなもので用意した、宝石に使用できる部分をいくら取り出せるかはわからないと聞いたからな。あとは取り出したあとのサイズに合わせて再計算し、実現するだけだろう。設計が間違っていなければ難しい話ではないはずだ」
「自分で提唱した理論じゃないうえに失敗できない、しかも専門外。そういうのは無茶って言うんだよ、アルハイゼン」
「カーヴェが可哀想になってきたぜ……」

 パイモンがうんざりとしたように言う。

「お前たちの不仲を考えれば素直に依頼を引き受けたとは思えないが。カーヴェは情が深いやつだ、贈り物だと言って真摯な姿勢でも見せたのか?」
「まるで俺を詐欺師かのように言うが、交渉はとても誠実で有益なものだったよ。これまでツケてきた酒代すべてをチャラにするのと三か月分の家賃、加えてこの件に関わるあらゆる知的財産権を報酬にした。彼が新たな事業を立ち上げたとしても俺は一切口を出さない。代わりに、いかなる言い訳も受けつけなかったが」
「いや……こいつらはどっちもどっちか……?」

 パイモンが顔中に皺をつくって考え込んでいた。
 アルハイゼンさんとカーヴェさんがよく衝突しているという話は聞いていたけど嘘じゃないらしい。どうしてルームシェアが成立しているのか、私だけでなくティナリやセノの目から見ても不思議なようだが、真実は本人たちにしか分からないのだろう。
 彼は座る様子もなく、私の後ろに立ち続けている。光を遮るように覆い被さっているためか、私を見下ろす表情がよく見えない。そもそもここへ来た理由を聞いていない。だれかと待ち合わせをしている様子でもなさそうだし、食事をする気で来たならすぐに同席を願い出るだろう。

「アルハイゼンさんはどうしてここに?」
「酒を飲みに来たように見えるか? 君を訪ねたら不在だった、だが部屋の照明は点いていて猫は夕飯にありついている。おおかた飲みにでも出かけたのだろうとシティ中の店を探して回った」
「約束してましたか……? 記憶がないんですけど」
「ああ、約束はしていない。単に会いたいときに君がいなかったから不満だった」
「へえ、驚いた……今までの話で薄々感じてはいたけど本当に熱烈だね」
「見てるこっちが恥ずかしいぜ……」

 ティナリが愉快そうに言って、パイモンが頬を染めながら口元を引きつらせた。セノから観察するような視線を注がれているのは、好奇心なのか咎めるためなのか。外では相応しい振る舞いをしろと小言をもらいそうな気配がしている。
 好奇の目に晒されているこの場をどうやって収めようかと考えていると、彼がキスでもしようとするかのように体を屈めて顔を近づけてきた。無意識に反対側へ逃げる私の肩に手をおき、許さないとでも言いたげにもう片方の手でグラスを奪われ、そのまま手を握られた。パイモンの動揺する声も裏返っている。

「不埒な真似はよせ。お前だけなら勝手にすればいいが彼女の名誉にかかわる」
「僕たちに対する警告? その子は君のものだよっていう」
「まさか。今日の参加者は幸いなことに理性的で信頼がおけるメンバーばかりだ──だから、これは彼女に対する注意だよ。恋人という特権を行使して交友関係を制限するつもりはないが、それにしても行き先も告げず男だらけの飲み会に参加するのは無防備すぎる。俺は他人の行動をコントロールするのは得意じゃないから、恋人を持つ立場なのだということを自覚してもらいたい」
「す、すみませんでした」
「分かればいい。以後気をつけるように」
「ねえセノ、最後のは冗談だよね?」
「さあな。そうあってほしいが」

 頷くと彼の手が離れた。ほっと息を吐くとセノが「お前も飲むか?」と気を利かせて話を振ってくれる。

「いや、いい。彼女を連れて帰りたい。俺が嫉妬をしない、寛容な男だと思っているわけじゃないだろう?」
「寛容ではないな」
「嫉妬するとは思わなかったけどね」
「とにかくそういうことだ。埋め合わせが必要なら後日、それでは」
「あっ、待ってアルハイゼンさん」

 言いたいことだけ言ってさっさと酒場を離れようとする彼を見て慌てて立ち上がった。財布を取り出し、迷惑料も含めて多めにモラを置く。彼らは私の心境を察してか何も言わずに憐みを含んだ目をして送り出してくれた。
 彼の隣に並んで店を出る。夜風の冷たさが沁みて外套の下に手を潜り込ませようとすると、彼はすかさず私の手を取った。彼は体温が高く、手をつないでいるだけでも十分すぎるほどの熱源に感じるほどだった。坂を上り、酒場の並ぶ街並みを離れると知恵の静けさを楽しむことができる。

「なつかしい夢をみた」
「どんな夢ですか?」
「子どもの頃の幸福がよみがえる夢だった」

 彼の左側に立ってしまったので表情の半分は隠れてしまう。だけど口元は孤を描き、彼は満足そうにしていた。

「いまはもう手放した祖母の家で、差し込む日の光を受けながら本のページを捲っている。集中して寝食を疎かにする俺を宥めながら祖母が飲み物を差し出すんだ。俺は片手間にそれを飲み、そして──また読書に戻る」
「夢の中でも本を読んでるんですか? しかも子どもの頃から読書が好きだったんですね」
「ああ。夢には祖母だけでなく両親も、君も現れた。君が現れる頃には俺は子どもではなく大人になっているし、両親や祖母はもういなくなってしまうんだが。だが俺は、どのタイミングでもあの満ち足りた心地で本を読んでいるんだ」

 声がめずらしく弾んでいる。朝、心を浮き立たせて夢の内容を教えにくる子どものようだ。嫉妬するだとか、寛容じゃないだとか言っていたけれど、アルハイゼンさんは不機嫌になって私を連れ戻したわけじゃなかったのだ。かわいらしい彼の様子を見て、愛が溢れるかのようにくすくすと笑い声となって落ちる。

「草神様が俺たちに夢を返したとき、きっと俺は夢をみることはないだろうと思っていた。自分のしたいことをして過ごしているから、願うことはそれほどない。だけど夢をみることができて良かったと思ったよ。だから、君に会いたくなった」

 眠っているのかもわからないほど変わらぬ日々を綴っている。彼の夢は、すでに叶っているのだと知った。

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