中毒症状にご注意

 アルハイゼンは達者な口であと一戦すると言って聞かない恋人の説得を試みたが、普段は聞き分けのいい恋人がカードゲームのこととなると絶対に引き下がることはないことを悟ると、自分も付き合うと言ってカーヴェが座っていた席に腰かけた。
 七聖召喚の愛好家たちが酒場に集まってカードゲームに興じることがスメールでもすっかり馴染みの光景となった。アルハイゼンの恋人もその一員であり、あの大マハマトラと一戦したのだと聞かされたのが数か月前のこと。政治革命で交流を持った面々がいるなら酒場に入り浸っても安心かとセノに恋人の面倒をそれとなく頼んだ。だがティナリやカーヴェとも親交を深め、結果ここまで酒場に入り浸るようになるのはアルハイゼンにとって誤算だった。
 デートをしても恋人は上の空で、どうやら睡眠不足のようだがと尋ねたら、七聖召喚のしすぎで日付が変わって帰宅する日が続いているのだと明かされて、今夜の過ちを早速咎めるために来たはずだった。それが一体どうしてこんなことになっているのか。
 そもそも恋人がここまでカードゲームに没頭していた記憶がない。だがいま恋人の状態は間違いなく中毒状態と言っていい。荒療治をするよりは頻度を徐々に減らすのが最適だろう。コントロールできなかった一因は自分が付き合ってやらなかったせいでもあるかと過去の失敗を認めつつ、攻撃を仕掛ける。
 消費して用なしとなったダイスを拳のなかで振りながら、アルハイゼンは次のターンで勝利宣言をした。
「無駄がなく鮮やかな手だった、アルハイゼンらしい戦い方だ」
「あれから練習したの?」
「君たちの戦術を思い出しただけだ。圧倒的に経験が少ない俺には小手先を使うくらいしかできないさ」
「それだけの情報で勝ちを狙うなんてすごいもんだよ。実際、勝っちゃったわけだし」
 セノとティナリの称賛を至極当然のように受け取っているアルハイゼンの隣で恋人が悔しそうに唸る。
「もう一回!」
「これが終われば帰る約束だったはずだが」
「だって負けたまま帰れないよ。ほらアルハイゼンだって楽しかったでしょ? ねっ、もう少し遊びたくない?」
「俺がどう感じたにせよ君は帰るべきだ。さもなければ明日も三時間睡眠で出勤することになる。それともカーヴェに言うように自分の限度を学べと言わなければいけないか?」
 アルハイゼンの言葉に、痴話喧嘩を笑ってやり過ごすつもりだったティナリが眉をひそめ、セノも嗜めるように目を細めた。娯楽は息抜きに欠かせないが生活に支障を出してはならない。アルハイゼンの言うことは正論なのだ。
 味方はいないと知ると恋人は早々に降参した。立派な経歴を持つ顔ぶれを一斉に敵に回して勝てる見込みなど万が一にもない。スメールで立派な経歴を持つということは、もれなく教令院を優秀な成績で卒業したことを意味している。
 それでも収まらない熱を放出するために、片づけをしながら恋人はぶちぶちと愚痴を零した。
「時間を忘れちゃうくらい楽しいの」
「いままでの様子から察するに君は負け続きのようだが、それでも楽しいのか?」
「当然! ううん、もちろん勝つときが一番楽しいんだけど、色んな戦術を練ってそれが上手くいったときの楽しさとかもあるし……そう考えれば負けも楽しみの一つじゃないかな」
「彼女に同意する。お前はまだ始めたばかりだから知らないだろうが、七聖召喚は奥深いゲームだ。単純な勝ち負けの話ではなくな」
「セノなら分かってくれると思ってた! ねえ、七聖召喚にハマらないなんて人生の九割損してると思わない?」
「九割は言いすぎじゃない? 趣味は人それぞれだよ」
 自分本位な表現は聞き手によっては苦言を呈するものだったが、明らかな敗者の遠吠えに呼応する者はここには一人としていない。感情論に訴えれば人一倍頼もしいカーヴェが酒に飲まれていなければ同意しただろうが。
 アルハイゼンは根拠のない数字を並べ立てる恋人を『正す』ことはせずに沈黙で返事をした。無視したというよりは相手をする気もないと言いたげな態度に恋人は気づいていたが、突っかかれば墓穴を掘ることになるため気づかなかったことにする。
 ただアルハイゼンは良くも悪くも考えが読めない人物だ。セノやティナリの頭脳をもってしても変わり者の人柄を完全に掴むことはできていない。そんなアルハイゼンがあまりにもわかりやすく恋人への不満を表情に浮かべるものだから、ティナリとセノは顔を見合わせたあと苦笑を零すほかになかった。
「アルハイゼンにとっては七聖召喚のせいで人生の数割損してる感覚だろうから、君もほどほどにしてあげなよ」
「もー! 心配かけて悪かったとは思ってる! でもそれこそ言いすぎじゃない?」
 七聖召喚に恋人を奪われて不服なアルハイゼンの心境が理解されるのはまだ先のようだと、この場でたった一人の愚者を見つめて聴衆たちは肩を竦めた。

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