忘るること勿かれ

 璃菜の頂点に立つ琉璃亭が瑞季を迎える。会食の時間より大幅に遅れて到着した瑞季は、急いでやってきたことを悟られぬように息を整えてその敷居を跨いだ。
 遅刻には正式な理由がある。大事な商談があり、商会の長である父の名代としてそちらを済ませてきたのだ。先方にも話は通してあるようだし問題はないが気持ちは逸る。
 父が商談よりも琉璃亭の予約を優先したのは単にここが数ヶ月先まで予約が埋まる有名店だからではない。蔑ろにしてはならない商談相手すらも上回る重要な存在、たとえば璃月七星のような高い地位にいるような、とにかく何よりも優先されなければならないほどの人物との会食が入っているからだ。
 すこしばかりの緊張を肌に走らせながら瑞季は案内された貴賓室に入る。まず瑞季の目に飛び込んできたのは卓にずらりと並んだ豪勢な料理だった。すでに食事は始まっていることが空いた皿から窺える。
 食事を囲むのは三人の男だ。内二人はよく知る顔である。商会の主たる瑞季の父と、後継である弟だ。残るもう一人、上座に座る男を見て瑞季は驚いた。相応に年を重ねた人物か、若くとも天権や玉衡のような権力者を想像していたというのに、見目麗しいこと以外は特筆するところがない名もなき璃月人だったからだ。
 父に促されて瑞季は自分の席へと向かった。すでに話は通してあるらしく、父は瑞季に男のことを「こちらは鍾離先生だ」と紹介した。瑞季が挨拶をすると鍾離は快活に喋り出す。

「久しいな。お嬢さんがまだこれくらいの頃に会ったことがあるんだが、覚えているだろうか」

 いいえ、と答えながら実に奇妙な言葉だと瑞季は首を捻った。幼い子どもの面倒を見てやる大人の立場からものを言うかのようだ。しかし仮にも商人の娘、瑞季はそんな懐疑的な感情を顔にはおくびも出さない。しかし瑞季を育てた父には何を考えているかなどお見通しである。不思議に思うのも無理はないと口にして瑞季の父は鍾離の身分を明かした。

「鍾離先生は仙人であられる。建国時代から璃月を守って下さっているそうだ」
「まあ」

 言われてみれば、どこか人離れした雰囲気を醸しているようにも見える。父の言葉を疑わずに瑞季は考える。ただ、仙人に会うのは初めてだったため、礼を尽くすにしてもどう振る舞えばいいのかわからなかった。多少の無礼は許してくれるだろうと、ひとまず父に倣うことにする。瑞季は再び父に視線を投げた。

「瑞季、ここのところ頭痛が酷いと話していただろう。鍾離先生はその件で来て下さったんだよ」
「そうでしたか。なんとお礼を言えばいいか……」
「随分と昔のことだが、お前の体調に何かあれば手を貸すと契約を結んでいる。気にしなくていい」

 鍾離の言葉に瑞季は穏やかな笑みを浮かべた。幼い頃、瑞季は体が弱かった。家から出られない日々が続くほどで両親には心配をかけたものだ。そのときも父は鍾離に助けを求めたのだろう。義理堅く、慈悲深い仙人に感謝の心を込めて瑞季は頭を垂れる。
 鍾離が手ずから作る薬湯は仙人が住む処、琥牢山に生える貴重な植物を煎じなければならないと言う。瑞季はしばらく璃月港を離れて鍾離のもとで療養することに決まった。
 いくら鍾離が仙人とはいえども見た目は普通の人間にしか見えない。同じ屋根の下で生活するのは気が引けるが、相手は俗世離れしている仙人なのだからと瑞季は冷静に努めた。
 食事を終えて一行は琉璃亭を出る。早くても明後日には璃月港を離れることになったため、帰宅するなり瑞季は身の回りの品をまとめなければならなくなった。まだ少し鍾離と話すことがあると言う父を残し、瑞季は弟を連れて緋雲の丘を歩く。

「治療にどれくらいかかるんだろう。父さんがいるとはいえ貴方一人に商会を任すのは心配だわ。私が担っていた仕事はできるかぎりまとめて記しておくから、決して驕らず、周りの手を借りながらしっかりやるのよ。人間はひとりでは何もできないのだから。……聞いてるの小平?」

 俯いて相槌も打たない弟に瑞季は首を傾げる。朗らかで人のいい弟が姉の小言を聞き流したことは一度もない。弟の顔を覗き込むと、柔和な印象を受けるやさしい顔つきは石のように固まっていた。
 ショックを受けている様子に合点がいく。仙人を頼らなければならないほど姉の体調は重篤なのかと考えているのだろう、と。心配をかけたのは自分の方だったかと瑞季は微笑みながら弟の背に手を添えた。

「大丈夫、大丈夫よ。仙人様は昔から杜家によくしてくださっているようだから、今回もきっとそれだけのこと。昔に結んだ契約を今も重んじていらっしゃるだなんて、とても敬虔で素晴らしい御方じゃない。きっとすぐに戻ってくるわ」

 背を撫でる姉に弟は首を横に振る。肩は震え、とうとうその場に立ち竦んでしまった。困り果てた瑞季は大丈夫よともう一度声をかけたが、ちがうんだ、と弟は弱々しい声で姉の懸念を否定する。

「違うって何が……」
「姉さん、俺は……姉さんのこと……ずっと、俺は……」

 何かを口ごもり、弟は言葉を止める。上を向いた顔には涙を湛えていた。一体どうしたのだと瑞季が驚いていると、弟は袖で涙を拭う。そして「離ればなれになっても俺たちは家族だ、ずっとずっと」と下手くそに笑ったのだった。



 鍾離の家はこぢんまりとしていた。だが調度品はどれも質が良いもので揃えられている。壁にかかった扇子や棚で光る物珍しい原石は市場では目にしないものではあるが、鍾離にとって価値あるものであることは手入れの状態からうかがえた。いい家だ、と瑞季は歴史ある風景に微笑む。
 鍾離の家は仙人の力によって管理されている。不思議な煙に包まれてやってきた仙境は幻想的な場所だった。表で大きな茶壷が浮いていることにも驚いたが、中から鳥の姿をした精霊が現れたことにも瑞季は大層驚いたものだ。たしかにこのような場所での治療となれば通うのは難しい。貴重な体験をどうせならば楽しもうと瑞季は心を躍らせながらあてがわれた自室に入る。

「……ここ、見覚えがある、?」

 瑞季は内装を見てそう零した。陽に当てられた木材のあたたかさが掃除のいきとどいた室内に満ちている。わずかに開けられた窓から花の香りが届いた。外に広がる美しい花畑が見える、一等いい部屋だ。

「どうだ、気に入ったか?」

 鍾離が部屋の入口に立って、瑞季に尋ねた。振り返って「ええ」と返事をした瑞季に近づくと鍾離は瑞季の目元を拭う。うっすらと浮いた涙で革の手袋がきらりと光った。
 どうして自分が涙を流したのか、瑞季にはわからなかった。どうして部屋に見覚えがあるのかも。ただ胸がいっぱいで、その日は頭痛もあまり気にせず眠りについた。
 食事のたびに欠かさず用意された薬湯は瑞季の頭痛をやわらげるたしかな効果を発揮した。身をもって仙人の知恵と業を実感する日々だ。
 だが頭が明瞭になっているあいだ瑞季は言葉では形容できない体験をした。見も知らぬ鍾離の家、そして岩が浮かび滝が宙に落ちる不可思議な洞天を、ふとしたときに懐かしく感じるのだ。懐かしさは瑞季をやさしく包み込む。それでいて郷愁に駆られるかのような心地にもさせた。

「私、昔ここに来たことがありましたか?」

 とうとう辛抱ならずに瑞季は尋ねた。鍾離は持っていた匙を置き、目を伏せて、静かに笑みを湛えた。

「やはり覚えているか。お前は記憶力が優れているからな」
「父は鍾離先生にそんな話もしたんですか?」
「ああ、杜殿の娘自慢は璃月港では知らない者がいないほど有名だ」
「とっ……父さんったら……!」

 羞恥で顔を赤く染める瑞季を見て鍾離が笑う。

「お前はここが好きだった。とくに、お前の部屋から見える景色を愛していた。外の花はテイワットではもう見られない古い種だ。窓から見ると絵画のようだと楽しそうに聞かせてくれた」

 鍾離の眦が下がる。瑞季が思い出せない昔に思い馳せる行動に落ち着かず、瑞季はもぞりと体を動かした。
 手入れをしてみないかと鍾離が提案するので瑞季は頷く。水をやる必要はないし土をいじる必要もない強い花だが、間引きはたまにしないといけないとの話だった。花の世話も洞天の管理人がいれば不要だが、鍾離は自ら進んで行なっている。
 花を見て、食卓を囲み、月を見上げて、眠る。薬湯を飲んで目が冴えては、本来あるべき姿に形を変えていくかのような心地に身を委ねた。時折、鍾離は俗世へ向かう。そうして洞天で一人過ごす時間が増えるほど瑞季は完璧に近づいていく気さえしている。
 奇妙な生活が続き、瑞季の頭痛がすっかり引いた頃には数年が経っていた。洞天へ来たばかりの頃は父や弟、商会など俗世について心配していた瑞季は、いつしかそれらすべてを綺麗さっぱり忘れてしまったかのように口にすることがなくなった。
 鍾離はほっと安堵の息を吐く。記憶力には自負があるものの、あまりに長い時を生きるが故に意図しなければ鍾離は過去を思い出すことがない。一度経験したことは遜色なく再現できるが、それでも瑞季に飲ませる薬湯が正常に作用するかは、実際に効能があることを確認するまでいつも安心できなかった。
 瑞季の頭痛の原因は、鍾離と同じく記憶力の良さにある。毎日の献立やそれにどう感じたか、会話の細かな間や葉が擦れる音まで、五感で得られる情報はすべて記憶に残る性質。膨大な記憶に肉体が耐えきれず苦痛として表れるのだ。鍾離が瑞季に煎じて飲ませ続けた薬湯には忘却の作用があった。仙術を用いて育てたとある花のみが持つ、鍾離ともう一人だけが手に入れることができる特別な薬だ。
 時間の経過を考慮しても次の段階へ移っていい頃合いだろうと、鍾離は俗世で日程の調整を行うことにした。瑞季の弟が立派な青年に育ち、商会を継ぐことが決定したという手紙が届いて半年が経っている。病弱な娘がいて、治療のために璃月港で寝る間も惜しんで働いているのだという噂は、同じく病弱だった姉を失った過去と併せて美談として語られていた。準備はとうに整っている。あとは鍾離の、今を惜しむ心に区切りをつけるだけなのだ。

「今日は帰りが遅くなる。薬湯は用意してあるから忘れずに飲んでくれ」
「わかりました鍾離様、どうぞお気をつけていってらっしゃいませ」

 忘れたことすら、忘れたまま。瑞季はひだまりのようなやさしい笑顔で鍾離に微笑んだ。別れがすぐ傍に迫っていることも知らない純粋さに鍾離はただ穏やかな表情を向けて、そして外に繋がる扉へ向かう。
 扉に手をかけ、まぶしい朝日に照らされた鍾離の後ろ姿を見て瑞季はまたあの感覚に襲われた。愛しくそして寂しい、もう何度と味わったかわからないそれを再び味わっているかのような既視感。光に飲まれていく鍾離と永遠の別れでもするかのような予感が瑞季を動かした。途端にかつてないほどの猛烈な頭痛に襲われる。それでも、瑞季を駆り立てる不安に勝ることはできない。

「ま、って……待って」

 モラクス、と。折り返された袖を掴んで瑞季は鍾離を引き留めた。己が何を口走ったのか、瑞季は理解するのに時間を要した。モラクス、璃月建国の祖であり二千年以上もの月日を人に寄り添い、守り導いた神の名である。
 目の前の男は神の名を向けられたことに恐縮することなく、倒れんばかりの勢いで飛び込んできた女を抱きとめた。胸に女の頭をかき抱き、愛おしむように顔を寄せる。そして瞼の裏に刹那を焼き付けるかのようにきつく目を瞑った。

「どんなに苦しもうとも、どんなに耐え難くとも、いつだって最後は俺を思い出そうとする。それだけで俺がどれほど満たされるか。だが……もう、思い出すな。お前が忘れてしまっても俺たちが共にあった日々が失われることはない。お前の安寧こそが俺の幸福だ──」

 最愛の女を抱き締めて、鍾離は一言ずつを噛みしめながらささやいた。



 夜も更けて店先の明かりが消えていく璃月港。とある建物の奥まった部屋で小さな子どもが寝息を立てている。
 すっかり寝入って目を覚ます気配のない子どもを抱えて座る鍾離を、向かい側へ座った男は丁重にもてなした。

「お久しぶりでございます。本日は遠路遥々お越しいただきまして、何とお礼を申し上げれば良いか……」
「俺は凡人の鍾離だ、そう畏まらないでくれ。立派になられたな杜殿」
「ぜひ昔のように小平とお呼びください。貴方様にそのようにおっしゃっていただけるだなんて光栄です」
「夫人は商談のためフォンテーヌに滞在中だと手紙にはあったが息災だろうか」
「妻はこちらが根を上げるほどの丈夫さが取り柄ですから、環境の変化なんてものともしませんよ」
「ははっ、杜家の者は穏やかなためか伴侶に気圧されがちだが貴殿も例に漏れないようだな。ただ、見る目はたしかだ。きっと俺が願いを託すに相応しい女性なのだろう」
「ええ、ええ。その子にすぐ会うことができないことを妻は悲しんでおりました」

 鍾離が子どもの頭を撫でる。やさしい表情を浮かべる鍾離を見て男は互いの痛みが決して同じではないことを理解した。この仙人の覚悟と信頼に応えなければならないと、男は言葉を紡ぐ。

「新しい名前は、随分と前に考えております。それでも長らく受け入れることができずにいました。私にとって彼女は目指す人であり、頼る人であり、姉だったのです」

 男の言葉に鍾離はゆっくりと相槌をうつ。

「しかし杜家が姉にとっての拠り所であるならばと決断いたしました。私の覚悟が決まるのを見て、ようやく父は貴方様の身分を明かしたのです。……重い、責任だと思いました。今もそう思っております」
「彼女を慈しむ心があれば憂うことはない。貴殿にはできるはずだ……彼女の血が流れるのだから」
「……はい」

 男は瞳にうすい水の膜を張る。契約を履行する一家の長として、歴史の担い手として、そして末裔の名誉を戴く者として、岩王の激励に心を震わせ涙した。
 名を聞こう、と鍾離は男に提案する。男が口にした美しい響きにまぶしそうにすると、鍾離は新たな名を繰り返しながら腕の中の子どもに呼びかけた。ひっそりと夢枕に立ち、かつて暮らした仙境の景色を歩いた。花が咲き乱れる場所を窓から眺める女の姿に向かって手を振る。そうしてしばしの別れを告げた。





 神魔が混戦する時代よりも前のこと、岩王には伴侶がいた。逞しくも美しい、しかし岩のようにかたい岩王の表情もそのひとの前では崩れる、そさんなおだやかな時間が存在していた。
 古い時代において、人間が願うのは生活の安定というささやかなものだった。数の利を活かして飢えを凌ぎ身を守ってきたものの、自分たちよりはるかに強い種が跋扈する環境では生きることさえままならない。対する魔神は、強大な力はあれども単一で完成した生き物であるが故に、進化というものを知らなかった。両者の共生はあるべくしてあった。
 岩王も例外なく助けを求めてきた人間と契約を交わして庇護した。民が安全に暮らすために土地を整える、また脅威を排除する。武を誇る岩王は外敵との戦いを担い、次々と領土を拡げた。
 伴侶の責務は民の話を聞きその生活を潤すことだ。伴侶には言葉にした願いを叶えることができる力があった。願いを現実にすることには制限があるものの、慎ましい岩の民が望むことは大抵叶えることができた。夢に干渉するいくつかの仙法が存在するが、それらは岩王の伴侶が起源である。
 岩王が戦い、伴侶が願いを聞き届ける。璃月の基盤はこの良き時代に築かれた。
 伴侶は人間を愛しむ魔神であった。人間の脆弱を、懸命な命を愛する神だった。憧れさえ抱くほどに。各地で魔神が衝突しはじめた頃、岩王にこう夢を語ったことがある。

「いつか泰平の世がおとずれて……また民に交じり暮らすことができるようになったら、人間と同じように生きてみたいわ。そうして子や孫……そのまた先もずっと見守っていくの」
「俺たちの命は長い。血が人に交じわったとしても代を重ねるには相応の歳月がかかるだろう」
「もう、たとえ話よ。人間だけが叶わないことを願うでしょう、真似てみたの……魔神としての一切を忘れ、日々を生きることに精一杯になってみたいってね」

 岩王は豊かに暮らす民を見下ろしながら、伴侶の夢を肯定した。いつか輪に加わることを夢想するほどには岩の民は幸福に暮らすことができていたし、神みずからも誇りに思っていた。夫婦にとって、他愛ない戯れで終わるはずの会話だった。
 しかし、岩の民は願いを叶える術を失った。
 伴侶の願いを実現する力には制限がある。石で火打ちをしなければ火種は作れず、草がなければ火を大きくすることはできないように、何もない場所から新たに創造することはできない。
 よって人になりたいという願いはすぐさま叶えられてしまった。伴侶が力を失えば成立するだけであったがために。
 命の定義を覆すことまではできず、寿命を除いて伴侶は人間とさほど変わりない存在へと変化した。雨風に当たれば風邪を引き、睡眠を必要とし、数時間の運動で疲労する脆弱な生き物に。記憶力の良さは生来のもの、失われることはなかったが膨大な情報を脆弱な肉体に留めておくことはできず苦痛という形で支障をきたす。願いに込めた期待とはほど遠い結末であった。

「外界との接触を絶つべきだ。お前の体はすでに記憶する行為に耐えきれていない、そうでもしなければ苦痛が増すばかりだろう。記憶を篩にかける方法を見つけるまで、眠っていてくれ」

「理水が、仙術をかけると忘却作用が出る花を見つけた。これで記憶の選別が可能になる、庭で育てよう。早速だが煎じてくる」

「だめだ、俺のことを覚えていれば一度忘れた物事まで触発されるかもしれない。お前を失いたくはない、わかってくれないか。頼む……頼む、──」

 杜の名を持つ者がその尊き身を預かろうと岩王に願い出る。七神の座に昇りつめた岩王には果たさなければならない責務があった。伴侶によく似た面差しに、金色の瞳がきらめいている。岩王は己の血に契約を刻んだのだ。モラクスの血をもつ限り、願いを叶える力を永代後世に渡していくように。
 それでも女は鍾離の記憶だけは奥底に封じ込めるだけで消すことを拒む。百年に一度だけ、鍾離はかつての願いをかき抱くことを己に許すのだ。
 神を下り、凡人になったのちに鍾離は妻を引き取ろうかとも考えた。しかし女は璃月の民として楽しそうに暮らしている。痛みと引き換えにしてまで願ったことだ、望むままにさせてやりたかった。それに共に過ごした日々に比べればささやかすぎる。

 仙境では花々が今夜も月明りに照らされている。鍾離は痛みを忘れる香りに包まれながらゆっくりと瞼を下ろし、次の百年を待つのだった。

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