永遠の願い

 私を妻に迎えたいと、幼馴染はずっと父に打診していた。もう何年になるだろうか、恒例行事となっているそれは彼が家に来るたびに行われた。時期尚早だと父はいつも家臣の立場から彼を諌める。そして彼は落ち込んだ様子で部屋を出て来るのだ。私も当事者であるにもかかわらず、彼は私にはちっとも婚姻について話しをしてこない。まだ聞かれたくないのだろうと彼を尊重して追及したことはなかった。
 私たちが生まれた頃にはすでに神里家は傾いていた。御三家の均衡が崩れるなか神里家の先代当主は尽力なさっていたけれど状況はなかなか好転しなかった。公務と疲労で急逝されてからの神里家は見る影もない。元服してすぐの綾人様にかかる期待は少なく、社奉行と疎遠になる家々は跡をたたなかった。
 彼は焦っていたのかもしれない。私の家までもが神里家と縁を切るのではないか、と。それで子どもの拙い恋心を駆け引きの材料に使うのは賢い彼にしてはめずらしく幼稚な発想だと幼いながらに考えていた気がする。だけど成長していくうちに、私の家を手放したくないのではなく私を手放したくないのかもしれないと気づいた。情に訴えるならば私を巻き込んで駄々をこねた方がいいのに申し出をしていることを私に隠しているから。
 神里の若造、幕府でそうささやかれているらしいことが私の耳にも入ってくるほどなのだから、本人はもちろん自分がどう見られているかなど十分知っていただろう。だけど周囲などお構いなしに若くして頭角を現した彼は、当主としての地盤を固めるどころかお家を再興させることにまで成功したのである。
 そうして正式に婚姻を結ぶことになり、ようやく私の元へやってきた綾人様は輝かしい笑顔で私の名前を呼んだのだった。
「社奉行様の妻かぁ」
「ふふ、私も嬉しいよ、ようやく共に過ごせるからね。綾華も待ち遠しくしているんだよ、トーマが気を遣ってすでに一室整えてしまったんだ」
「そうなの? ありがとう、じゃあ輿入れにはあまり時間をかけなくて済みそうね。問題は社奉行のお仕事よね、将来的にも綾華様のお仕事は私がこなせるようになっていた方がいいだろうから神里家へ行ったら早速引き継ぎをお願いしなくちゃ。お忙しいのに申し訳ないわ」
 どうしても避けて通れないから仕方ないだろうが引き継ぎをすることで手間をひとつ増やしてしまうことに息を吐いていると隣の気配がしんと静まり返る。不思議に思って彼を見上げると、戸惑いをいささか不機嫌そうな顔に乗せた彼の視線が私を責めていた。
「……浮かれているのは私だけかい?」
 彼の反応に目を瞬いているとそれが殊更に気に入らなかったのか、綾人様はとうとう口をへの字に曲げて拗ねてしまった。私がおろおろとするような人間ではないとわかっているからだろう、鋭さを増した視線にやれやれと肩をすくめる。
「浮かれるも何も、私はまだ貴方の気持ちを聞いていないから」
 大事にされているのはわかっているし、私だって彼の妻になれるのはこれ以上ない幸福だと思っている。だけど素直に喜ぶには彼が明かしていないことが多すぎるのだ。言葉にしなくても伝わるだろうと考えているのだろうか。もしそうだとすれば神里家当主ともあろう人がずいぶんとヤキが回ったものだ。
 私の愚痴にハッとした彼は、顔を青くさせたり赤くさせたりと忙しない様子を見せたあと、たっぷり考え込んで咳払いをした。名前を呼ばれて返事をする。そうっと両手を取られて、彼の大きな手で大事に包み込まれた。
「幼い頃から貴方だけを想っていました。私の妻になっていただけませんか?」
 美しい色合いの瞳がきらめいている。頭にさした簪が揺れた。

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