旬のシュー・ア・ラ・クレーム

 ハァ、と息を両手に吹き掛ける。かじかんだ指先にはすぐ冷たい風が当たってしまうから無意味な行動だけど多少は気が和らぐものだ。
 片付けても片付けても終わる気配がない庭先の落ち葉を見下ろして溜息を吐く。この時期はいくら掃除をしたところで次々と庭が散らかるから掃除をしたところであまり意味を成さない。それでもこまめに掃除をしなければ近所迷惑になってしまうからと箒で庭を掃くのが日課になっていた。
 ただそれもあと数日で終わるだろう。ほとんど丸裸になった木を見上げる。あれだけたくさんの葉をつけていた楓の木には数えられるほどしか葉が残っていない。焼き芋でもできればいいのに、とまばらにしか葉を落とさない楓を睨みながら集めた落ち葉を掻き集める。
 トッ、トッ、とランニング中の足音が近づいてくる。近所に住んでいるご夫妻だろう、と挨拶をするために顔を上げたら走ってくるのはいつものご夫妻ではなかった。
「こんにちは」
 声をかけると軽い会釈が返ってくる。走って来たのは赤司家の息子さんだった。彼は私の一つ年下だったこともあり小さい頃に何度か遊んだことがある。
 やさしくて気さくな男の子だったが赤司家といえばここらでは名の通った御宅だ。住んでいる立派なお邸に相応しい教育を受けていたようであまり自由な時間を持てなかったようで、近所付き合い程度の交流を終えるとそれからはほとんど遊ぶことがなかった。お互いに成長して行動範囲が広がってもほとんど顔を合わせることはなかったように思う。
 子どもの頃のやわらかさが消え、洗練された顔立ちになった彼を見ながら互いに大人になったものだなとしみじみ感じる。そのまま通り過ぎるものだと思って足下に視線を戻していたら、落ち葉に差した影が濃くなって驚きで思わず飛び退いてしまった。
「久しぶりだね」
「あ……ハイ」
 まさかランニングを中断してまで話しかけられるとは思わずについ敬語になった。だけどそれは失敗だったみたいだ。彼が少しだけくしゃりと顔を歪めたものだから小さな罪悪感に駆られて、砕けた口調に直して会話を続けようとしたけれど彼が口を開く方が早かった。
「今年も見応えがありましたね」
「そうですね、今年はとくに葉が大ぶりだった気がします」
 枝だけになった楓を彼は見上げる。きっと自宅の方が見応えがあるだろうにと赤司家の庭木が業者に手入れされていることを知っている私はぼんやり考えた。ただまあ褒め言葉を聞けば悪い気はしない。母お気に入りの楓の木だから、赤司さんが褒めてたと伝えればさぞ喜ぶことだろう。
 ランニングを中断してまで親し気に話しかけてきたことを考えると、彼の私に対する印象はただ近所に住んでる年の近い人間に留まらないのだろう。だがたった数回の交流で何年も固い絆を結べるなんてことはないだろうから、きっと人付き合いの良い人に成長したに違いない。
「進学してからは疎遠になりましたが、最近どうでしたか」
「そうですねえ……ちょっと働き方を見つめ直す機会が何度かありました」
「色々な企業でリモートワークが始まりましたからね。うちも導入されましたよ」
「じゃあ今日はその日ですか?」
「はい。いつも早朝に走っているんですがたまには時間をずらしてみるのもいいかと」
 だから今まで見たことなかったのに出くわしたのか。私も毎日同じ時間に掃き掃除をしているわけではないけど、家が近い割にほとんど顔を合わせないくらいには私達の生活リズムは違う。妙に納得しているとちょうど会話が途切れた。
 このまま沈黙が続けば気まずいなと思っていれば彼は一歩後ろに踏み込む。ランニングに戻ると言われたので頑張ってくださいと声をかけた。さわやかな笑みを浮かべて走っていく後姿はかっこいい。あんなにスタイリッシュに気遣えるなんて、絶対モテるに違いない。


 冬場はすぐに暗くなる。仕事を定時で上がっても辺りはすでに薄っすらと暗いし、電車に乗っている間にはもうとっぷりと暮れている。そのうえ寒いとくるものだから勘弁してほしかった。
 なんだか週の頭からモチベーションが上がらなくて、このままでは一週間もたない気がしてコンビニへと駆け込んだ。目に付いたスイーツをカゴに入れていくだけでも気分が上を向く。軽快な音楽を背にしてコンビニを出ながら、家に帰ったらまずは何から食べようかとすっかり上機嫌になるのだから単純だ。
 目と鼻の先に自宅が見えてきたところで後ろから車のライトが近づいた。邪魔にならないように少しだけ端に身を寄せたけれど車は横を通過することなく背後で停止する。不思議に思って振り返ると、路肩に寄せられた高級車から赤司家の息子さんが降りているところだった。
「こんばんは」
 私に気づいた彼がそう声をかけてくる。こんばんは、と私もにこやかに返した。
 車を運転しているのが彼のお父さんでないことはもちろん知っていた。使用人はもちろん、送迎のために専属で雇われた人間がいるのは昔からだ。ライトが眩しくて車内は見えなかったけれど運転席にも軽く会釈する。
 それで終わりのつもりだったけど彼がこちらへ向かって歩いて来たからやめた。もうすっかり冬ですねと当たり障りのない言葉を投げかけてみる。
「ええ、年末らしい寒さになってきましたね。今日はお仕事だったんですか?」
「一番動きたくない寒い時期にリモートさせてくれたら嬉しいのに、月末まで出社することになっちゃいました。赤司さんは……」
 彼が運転手つきで毎日出勤しても不思議ではないけれどガレージに消えて行った高級車がこの辺りを走ってるのはあまり見たことがない。話の流れで尋ねてみただけだが彼の目は泳いでいた。詮索しているみたいだったかな。
「……実は今日が誕生日なんです。友人達が祝ってくれて、少し飲みすぎてしまったので彼に迎えを」
 ふにゃ、と恥ずかしそうな顔をする赤司さんに頭を殴られたような衝撃を受けた。まさか急に胸をくすぐる仕草を繰り出されるとは思わなかった私はひっくり返りそうになるが寸でのところで踏み止まった。足がふらついていないだろうかと不安になりながら誤魔化すための言葉を探す。
「それなら……ささやかなものですけど良かったらどうぞ」
 コンビニの白いビニール袋がガサガサと雑な音を立てるなか私はシュークリームを一つ手に取った。彼は少しだけ目を丸くさせておもむろにシュークリームを受け取る。
 別に誕生日に物を贈る仲ではないけれど彼は友好的に接してくれるし、話を聞いてそうですかおめでとうございますで終わらせるのも素っ気ないだろうと感じたのだ。コンビニスイーツなんて誰でも買えるしあれば誰かが食べるしポンとあげたところで迷惑にならない。咄嗟の判断にしてはいい返しだったと思う。
 だけど何故かシュークリームを凝視している彼にちょっと困ってしまった。嫌そうな顔ではないけれど、それは一体どういう反応なんだろう。もしかしてコンビニのスイーツは初めてだったりする? ははは、まさかそんな、あるかな?
 彼の背後にある豪邸を見ながら遠い目をしているとはっとしたように彼は「いいんですか、いただいてしまって」と尋ねてきた。君がいいなら良いよ、食べたまえ、なんて会社の同僚になら気を遣わせないよう冗談めいた口調で返すけど彼相手にそんなことができるわけもないので短い返事とともに頷く。
「お誕生日おめでとうございます」
 後押しするようにお祝いすれば、「ありがとう」とはにかんだ彼は今度こそ私をノックアウトしたのだった。


-----
2021.12.20 赤司くんお誕生日おめでとう!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -