桃花に紅 参

※稲妻の妄想・捏造設定があります


 鍾離が日中何をしているのかを女は知らないが、決まった仕事に従事しているにしては鍾離の過ごし方はいささか自由すぎた。毎日のように往生堂で講師をするわけでもないため鍾離がこれまでどうやって生計を立てていたのかと考えると不思議でならない。
 鍾離に聞いてみるとあっけらかんとした様子で「食に困ることはなかったな」と答えるので、凡俗の感覚を持つ女はますます頭を捻った。働いて賃金を得なければ食にもありつけないのが凡人というものである。
 とりわけ鍾離は衣食住のどれを取っても高い水準を好んでいるのだ、何か絡繰りがあるに違いない──そんな女の考えを裏付けるように、鍾離は帰宅するなり「知人から食事に誘われたんだが」と話を切り出した。
「お前にも会いたいそうだ、美味しいものを振舞うからぜひ来てくれと言っていたぞ」
 仙人の、葬儀屋の当主である胡桃……鍾離の知人は皆いささか癖のある人物ばかりだが、もうそろそろ普通の凡人に会えるだろうか。非凡に慣れつつある女はそんなことをぼんやりと考えながら返事をする。
「もちろんいいですよ。どんな人ですか?」
「そうだな……毛並みが良くて躾も行き届いているが、やんちゃで遊ぶのが好きな大型犬のような男だ」
「……具体的な表現なのに漠然としてますね」
「会えばわかるだろう」
 ふうん、と女は返事をする。や胡桃のときとは違って立場も職も明かされなかったということは本当に凡人なのかもしれない。外套を脱がないままの鍾離を見てすぐに出るのだと判断し、女は手早く身支度を整えた。
 璃月へ来て大分日が経つのだから璃月の菜系にはそれなりに詳しくなっている。大きく二つに分かれる菜系の頂点にある店の名も知っている。瑠璃亭に到着した女がまず確認したのは所持金だった。
 支払いは難しいのではないかと鍾離に聞く暇もなかった。瑠璃亭の従業員は慣れた様子で鍾離を席へ案内する。料理が並べられた卓ですでに待ち人が着席していた。
「彼女が例の人かな? 初めまして、タルタリヤだ。鍾離先生とは仲良くさせてもらっているよ」
 にこやかな表情を浮かべた男が席を立って名乗る。立ち振る舞いは洗練されていて無駄がない。毛並みが良く躾の行き届いた大型犬という鍾離の言葉通りだ。
 女は挨拶を返して促されるまま席についた。タルタリヤは興味津々といった様子で女を眺めた。
「今日は君に会いたくて席を設けたんだ」
「私に?」
「こんな時期に商売をしに来たわけでもない稲妻人が、よりにもよって往生堂のような凡人が避ける場所を訪ねたという妙な噂は聞いていたからね。しかも鍾離先生が連れ帰ったとなれば気になってしまうよ」
 噂が立っていたことを知って女は居心地が悪くなる。今更鍾離と深い仲であると勘繰られることを懸念する必要もないが、璃月港を歩いている間に好奇の視線に晒されていたのかと思えば気分は良くない。
 複雑な顔をする女に気づいたタルタリヤは説明が不十分であったことを詫びる。
「勘違いさせてしまったかな。噂っていうのはあくまで俺たち内輪の情報だ。ファデュイにはあらゆるものが集まる……情報においては璃月の耳に負けないくらい、ね」
「ファ、ファデュイ……!?」
 いい噂を聞かない組織の名前が出てきて女は身構えた。至極まともに暮らしていればファデュイのような影を歩く存在とは関わり合いになることはない。だからこそ、まともでない人間とのまともではないやりとりが彼らを有名にし、凡人の間では名前だけが知れ渡っていく。
 女の反応を見て眉を動かしたタルタリヤは面白いものでも見るように声を張り上げた。
「おっと、先生が俺を公子と呼んだときは反応がなかったからまさかと思ったけど単に呼び方の問題だったか。だけどねお嬢さん、一つ忠告しよう……俺たちのことを知っているなら安易にその名を口にしない方がいい」
 これから共に食事を囲もうとしているとは思えない緊張感が走った。怯えと警戒を露にする女に、そうあって然るべきだと言わんばかりの態度を見せるタルタリヤは鮮烈な強者としての印象を植え付けようとする。
 先に緊張を解いたのはタルタリヤだった。「怖がらせたかな」とやわらかな声を出して空気を和らげようとした。だが一度強者の気配に圧倒された女はそうはいかず、体を固めたまま視線だけ鍾離に寄越す。助けを求められた鍾離は「公子殿」と冷えた声でタルタリヤを責めた。
「危害を加えるつもりは本当にないよ、からかって悪かった。君に手を出せば鍾離先生に何をされるかわからないからね。これは性分さ、期待されるとつい応えてしまう……たとえそれが悪評だとしてもね」
「……公子殿の言葉に嘘はない。気にせず食事するといい」
 女の反応にタルタリヤが気分を害すことはなく、それこそがファデュイは噂に違わぬ組織だと主張していた。だが鍾離にやさしく宥められ、女は短く息を吐いて気を鎮めようと努力する。タルタリヤが場を制するように威圧していたことにも、それを止めたことにも戦士ではない女にはわからなかったが、タルタリヤに害意がないと鍾離が言うのであれば間違いないと考えたのだ。
「鍾離先生の心を射止めた子に会えて光栄だ。それにしても、先生にこんな凡人らしい一面があったとはね」
「どういう意味だ?」
「人並に恋をしてるだなんて意外だ、って意味さ。それもかなり入れ込んでる。何をしても動じない、意に介さない岩神がねえ……」
 タルタリヤの発言に女は目を剥く。だが二人は女の驚きが気にもならない様子で会話を続けた。鍾離の正体をスネージナヤの裏組織に握られていいのかと女は戸惑いを隠せない。
「他者を想う気持ちに人も神もない」
「へえ……結構言うねえ。俺を騙した人の言葉にしては胸が熱くなる」
「……彼女の前で人聞きの悪いことを言うのは止めてもらおう」
「人聞きが悪いも何も、俺は事実を言っただけだよ?」
 タルタリヤも鍾離も物腰の柔らかな男だが、非凡な気迫の持ち主であるため少しでもひりついた会話をするとその柔らかな印象が真逆の効果をもたらした。双方の整った顔も怒りが滲めば恐怖を与える。
 タルタリヤと鍾離の間にどんな因縁があるのか気になるが藪をつついて蛇を出す気はなかった。女は必死に自分を空気だと思い込み、それでも落ち着かない気を紛らわすために食事に手をつけた。舌の上に広がる一流の味を感じた直後に支払いのことを思い出す。ここは瑠璃亭、予約も三か月待ちの璃菜頂点に立つ高級料亭だ。
 食事の席で支払いをどうするかなんて話を切り出すのは品がない。瑠璃亭という高い支払いをしなければならないことがわかりきっている場では尚のことである。ただ剣呑な雰囲気に水を差すこともできないため女はちまちまと食事を続ける。
 どうせもう食べてしまったのだから好きなだけ食べてしまえという気持ちと、これ以上食べれば支払いができないなんて言い出せなくなるからやめるべきだという気持ちがせめぎ合い、無意識のうちに女の一口は小さくなっていた。
 挑発するだけ鍾離を挑発したタルタリヤは女を見て「あれ」とわざとらしく話題を変える。
「もしかして瑠璃亭は好みじゃなかった?」
「いえ、と……とても美味しいです。さすが瑠璃亭ですね」
「それならいいけど。鍾離先生とは新月軒で食事をしないから、てっきり君もこっちの菜系に馴染みが深いんだろうと思って予約しちゃったんだよね」
「し……新月軒……」
「……ああそうか、支払いのことかな? 俺が持つから気にせず食べてよ」
 箸が進まない理由に気づいたタルタリヤは何てことない様子で口にした。たしかに金に困っていれば瑠璃亭で食事しようなどとは言わないだろう。払えと言われても女の懐の寂しさを思えば到底払えはしないのだが、甘えてしまっていいのだろうかという躊躇いが消えないのも事実だ。
 料理を睨みつけている女の謙虚さにタルタリヤは笑みを深めた。「鍾離先生にも君を見習ってもらいたいものだね」と口にする。言葉の意図が汲めずに女はタルタリヤをじっと見た。
「鍾離先生は財布を持ち歩く習慣がないらしくてさ、食事のときは俺が払うことが多いんだ。彼から得られる知恵の代価と思えば釣り合いは十分取れるんだろうけど」
「え……そうなんですか? 鍾離さん……」
「べ、別に公子殿にばかり払わせているわけではないぞ。彼も言った通り公平な契約だ」
「そうだね、報酬の代わりに……なんてときもあることだし。先生の事情を思えば仕方ないかとも思っていたわけだけど……彼女が鍾離先生の『忘れっぽさ』を知らなかったということは……」
 言葉を濁してタルタリヤは大きな溜息を吐く。困ったように肩を竦めるタルタリヤと、狼狽えるものの言葉が見つからない鍾離。二人を見て女はタルタリヤの肩を持った。
 鍾離は気前がいい人物だ。さらに見識が広く武力にも優れ情も厚いとなれば大抵の人間から好かれる。口約束ですら契約に含める金銭に敏感な国で財布を忘れてしまっても都合を効かせてくれる人が多いのはまさしく鍾離の人徳によるものだろう。
 七国共通の通貨であるモラは、璃月にあるテイワット唯一の造幣局で岩神モラクスの力で生み出されていた。不当に財産を築き上げていたわけではないが、必要に応じてモラを用立ててきた鍾離に財布を持ち歩く習慣がないのは仕方ない。
 だがタルタリヤが濁した通り、少なからず鍾離も注意を払えば忘れ物をしないはずなのだ。つまり女との外出以外では財布を気にしなかったことがそもそもの問題なのである。たとえファデュイ相手とは言えども、他人の稼ぎを私物のように使い込むのはいかがなものか。
「この国で鍾離さんにお世話になっている私が言うのもおかしな話ですけど……お財布を忘れたときは買い物や食事は控えましょう」
「うっ……」
 先程まではタルタリヤに対して強気の姿勢を崩さなかった鍾離だが、誤魔化しの利かない爆弾を投下されて女の呆れに満ちた視線を向けられると敵わなかった。凡人の味方をつけたタルタリヤは得意な顔をする。
 ただそうなると自分まで鍾離の悪癖に便乗することになってしまう。それに気づいた女もまた顔色を曇らせた。招待した人物が揃いも揃ってモラに悩まされる姿が愉快になったタルタリヤは声を立てて笑った。
「君が気にすることじゃないよ、今のは単に先生に意地悪をしたかっただけだから。やられっぱなしは性に合わない。それに、一度の食事で破産するわけでもないからね」
「ファデュイの執行官ともなれば相応の稼ぎがあるだろうからな」
「うん、それはそうなんだけど……さっきから鍾離先生が言うことじゃないよね……」
 一度は鍾離を困らせるために意図して被害者を演じたタルタリヤだったが、反省が微塵も感じられない鍾離にとうとう脱力した。鍾離がタルタリヤをいいように振り回すことをやめるためには、そもそもファデュイのことを資金源としか捉えていない鍾離の認識から覆す必要がある。気が遠くなる道のりだ。
 深いため息を吐いたあと、タルタリヤは仕切り直すように明るい声を出す。
「だからさ、君も食べたいだけ食べてくれ。代わりに鍾離先生の面白い話を二つ、三つほど頼むよ」
 意図したものかは本人のみぞ知るが、苦労話で親近感を与え、愛嬌のある態度で遠慮をさせない提案をしたことで、タルタリヤは完全に女の息を掴んでしまったのだった。


 あっはっは、と大きな笑い声が瑠璃亭に響く。女の話を聞きながらしばらくは笑いを噛み殺していたタルタリヤだったが、ほどよく酒も回りとうとう堪え切れなくなった感情を爆発させたのだった。
「ふ、布団に向かってずっと話しかけてる鍾離先生……」
「私に見えないものと話してるのかな、と思って眺めてたら目が合って……口をパクパクしてたのは可愛かったなあ」
「っ、くく……先生って寝ぼけるんだ……」
「結構寝ぼけますよ、ね! この前も段差で転びそうになったくらいです。でも地面から出した岩に手を突いて、屋根を突き破るんじゃないかってくらい飛んだあと、一回転してかっこよく着地してたのはすごかった」
「待って、俺が知らないだけで璃月には寝ぼけたモラクスの逸話なんかもあったりする? ありそうだよね、あとで調べよう」
 美食と美酒にすっかり酔ってしまった女が鍾離の失態を話し始めてすでに指が五つ分ほどになっていた。不味い酒の肴を口にしている鍾離は先程からずっと黙っている。女に鍾離を馬鹿にする気はなく、それどころか「かわいい」などと好感と共に語られていては止めるに止めきれない。たとえそれがタルタリヤを喜ばせることになっていたとしてもだ。
 それより君たち一緒に寝てるんだ〜。
 タルタリヤの下世話な相槌は、酒は回っても頭は回っていない女の気に留まらなかったようだ。酒が入っていなければ思っても口にはしなかっただろうに、と鍾離は珍しいものを見たような顔をするが、女が六つめの話に入り始めたので再び感情を顔から消した。
 タルタリヤも相応に酔いが回り始めていたが、酒で記憶が飛ぶタイプではない。今日の席で聞いたことはすべて記憶に残り、これから事ある毎に鍾離をからかってくるのだろう。そんなことを考えながら鍾離は気まずい食事をやり過ごした。

 時折呂律が回っていないがタルタリヤは仮にもファデュイの執行官である。指折りの実力者を夜の璃月に放り出したところで鍾離の気は咎めなかった。決して酒の席で散々笑い者にされたせいではない。
 タルタリヤと別れ、機嫌良く歩く女の手を引いて鍾離は歩いていた。手袋越しに伝わる熱はどれだけ女が酔っているかを表している。随分と打ち解けた様子の二人を思い出し、微塵も望んではいなかったが女に友ができるのはいいことかと鍾離は自分を納得させた。
「風が気持ちいいですねえ」
「ああ、少し冷えるが今はちょうどいい。気持ちが悪くなったら言うんだぞ、結構飲んでいただろう」
「平気です。お酒、大好きなんですよ! 今は贅沢できないし禁酒中ですけど……。鍾離さんはあまりお酒を飲まないんですね」
「いや、そうでもない。お前が酒好きだとわかっていれば晩酌に誘っていた」
「……あれ、じゃあ今日はどうして飲まなかったんですか?」
「二人してへべれけになるわけにもいかないだろう」
 実際は鍾離も相当酒を口に入れていたが、酔っている女が見ていなかっただけである。人並以上に飲んでも酔わない程度に鍾離は酒豪だ。およそ体の半分を酒で満たしても槍を振るえる自信すらあった。
 鍾離の言葉に対して「たしかに〜」と言って女は頬を弛める。普段の警戒心は影も形もなくなっていて鍾離は不安を煽られた。禁酒はできても酒を入れると自制が利かなくなるのだろう。この調子では稲妻で自衛ができていたとは考えづらい。
 険しい顔をしている鍾離を見て女は首を傾げる。合点がいったように「鍾離さん!」と声を張ると繋いだ手をぐっと下に引っ張った。されるがまま背を屈めた鍾離はどうしたのかと女に問う。女は真剣な眼差しで、内密の話でもするように鍾離に耳打ちした。
「飲み足りないなら……おうちでお酒、飲みますか」
「ははっ、それはいいかもしれないな」
 鍾離は笑って酔っ払いの頭を撫でた。いつもより近い距離になっても嫌がる素振りがない女に鍾離は気を良くする。どうせ手離してやるつもりはないのだから昔のことを気にする必要はないかと、速度を落として夜の璃月を歩いていった。



 胸を焼くような苦しさに女は表情を歪めた。さすがに飲みすぎたかと昨夜の過ちを反省する。元々酒好きのためよく晩酌をしていたが、ここしばらくは度を越えつつあるそれを諫める声も増えている。
 酒を飲んでもその呪いは解けない。稲妻の神は苦々しい顔をして言った。
 言われずとも女だって理解している。所詮この身に受けた魔神の呪いは体にどれだけの酒を注ごうと濯げはしない。だが酒で酩酊している間はどうしてか呪いによる痛みが鈍る。だから酒を飲み、痛みを和らげるしか女には手段がない。
 表情を歪める女と共鳴するように神も悩ましい顔になる。岩神から女を任された雷神も無力感で打ちのめされていた。それなりに親交も深く、戦場を駆ける互いの姿を認め合った仲としては何とかその身を蝕む呪いを解いてやりたい気持ちはあった。七神の中では最もそういう類のものに縁があるはずだった。
 だが大陸にいた夥しい数の魔神はそれこそ個々が多岐にわたる力を持つ。似た性質は帯びようとも一つとして同じ能力を奮う魔神はいなかった。敵対すれば相手の攻撃を防ぐことこそが唯一必勝の道であるとも言える。それほどに熾烈な戦いが繰り広げられていたのが魔神戦争であり、七神の座という栄冠が賭けられるほどのものだったのだ。
 女の苦痛は日増しにひどくなる。このまま救いがないのであれば、璃月で愛しい男の傍で息を引き取るのが良いのではないか。民にはそう口にする者もいる。だが女も岩神も、互いがまた笑い合って共に在る日を望んでいた。
 女は起き上がることすら苦痛を感じるようになっていき、雷神はいよいよ同胞に愛された魔神が息を引き取るのを待たなければならなくなかった。
 稲妻の地には輪廻転生というものが存在する。魔神をそこへ組み込むのはリスクを伴うが、魔神の肉体と魂を人間のものに組み替えてしまうことで呪いからの脱却を図る──元はそういう目論見で稲妻へ来た女だったが、いざ試してみると輪廻からの拒絶を受けた。
 その後も雷神の知る限りの全てを試したが効果はなかったのだ。もうだれにもどうにもできやしない。女の努力に報いるためにこれまで岩神とは試行錯誤の結果を連絡せずにいたが、ついに無情な真実を知らせる時が来たのだと雷神は心に決める。
 便りを送る、雷神の言葉を女は床の中から否定した。
 女はまだ諦めていない、というわけではなかった。魔神の体は不滅である。その体に終止符を打たれた後、魔神の残滓が向かう先は強い執着の示す先だ。報せれば女の死に岩神は駆けつけるだろう。意識が消え、純粋な力を奮うのみとなったとき、岩神にその矛先を向けたくはあるまい。
 雷神は何もしないまま女が横になる部屋を出た。城下に咲く淡い桃の花を見やり、考える。魔神戦争を生き抜いた強固な力を誇る魔神でも、体のない魔神に対しては策を打つこともできないのだと。
 考えて、雷神は動きを止めた。ここにきて雷神の頭に疑問が湧く。女を呪う魔神は『呪ったのちに体が果てた』のか『体が果てたのちに呪った』のかと。魔神や精霊、ときには人さえも身を投じた戦争である者は屠られ、封じられ、他に取り込まれて減っていった。あまりにも敗者の数が多いためどの魔神にどのような経緯で呪われたかなど明らかにならないという意識があったから気にもならなかったが、女を呪い殺さんとする魔神にその魔神を倒したはずの女が手も出ないのは理に適わない。言い換えれば、女を呪えるのは女より上位の魔神のはずである。
 雷神は再び女を訪ね、問い質した。魔神と相対したときに受けた呪いはないと答え、女は目を瞑り、まるでずっと昔から悟っていたかのように口を開く。
「モラクスと共にいたことは、あの地にいた魔神ならだれもが知っていた──私を蝕むのはきっと」
 岩神に報せを送るなと言った真の理由を知って雷神は顔を覆った。
 女の身に降りかかった呪いが女を呪うものではないならば、体と魂を分けるのはどうか。雷神は女に提案する。酒を飲むと楽になると女がしきりに言っていたことを思い出し、呪いはあくまで体を蝕んでいるのではないかと考えたのだ。
 呪いとなった怨嗟は岩神から女を奪うためだけにはたらく可能性がある。女の体が失われれば、怨嗟は岩神を呪うために璃月に戻ることも考えられる。それならば魔神の怨嗟は岩神に託し、女は魂を収める器を探し出すのがいいのではないか。
 このまますべてが滅び去ってしまうよりはいいと、女は保証のない提案も飲んだ。体が滅びた女は彼岸で過ごす。彼岸は此岸と同じ理にはない。同じ時を過ごさないことで魔神の怨嗟から逃れようと雷神は話す。二千年を経て人の体を器と得た魂の質は、未だ魔神のものだ。

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