太陽、さらに太陽。

 ヒールが石づくりのフロアをたたく。多忙を極める代理団長の姿が騎士団本部の飲食スペースに現れるのはめずらしい光景だった。騎士たちが目を丸くしながら視線を飛ばすが彼女はそんなもの気にならないと言いたげに歩き続ける。
 しなやかな身のこなしと共に飲食スペースを横切ってこちらへやってきた彼女は、鋭い視線で私を射抜き、そしてその視線をそのまま私の横に座るクレーへと向けた。
「クレー?」
 代理団長のジンは見るからに怒り心頭といった様子である。
 まだものの道理もしっかり理解できないクレーは、ジンが放つただならぬ空気に「ヒッ」と怯える声を漏らした。両手に握っているバゲットサンドを包んでいる紙がクシャリと音を立てる。落として床を汚さないようにとさりげなくクレーからバゲットサンドを奪うと、それをしっかりと見届けてからジンが口を開いた。
「また湖の魚にいたずらをしたな?」
「えっ……ええっ? クレーそんなことしてないよ!」
「目撃者は複数いるんだ、水曜の午後に湖のほとりで何かを燃やしていたと」
「水曜日……?」
 記憶にありません、不満げな顔はそう言いたげに記憶を探る。
 クレーはいたずら好きの子どもだ。ただそのいたずらというのはだれかを困らせたいという欲求にしたがったものではなく、自分が感じる楽しさを優先させてしまうものだ。悪意はないため叱られれば反省するが、幼いこともあってかクレーは何度も湖でのいたずらを繰り返していた。
 嘘はつかないところがクレーのいいところだ。誤魔化そうとするのはかわいいもの。うーんうーんと悩まし気な声と共に"水曜日のクレー"を思い出そうとする様子も見ているだけなら愛らしい。
 ジンがクレーに何度も口を酸っぱくして注意し続ける理由、それは単にいたずら好きの子どもを指導する責任感だけではなかった。クレーはもしかすると騎士団内でも一、二を争うかもしれない火力を持つ元素の使い手である。騎士団がクレーの行動をコントロールできないということは、いざ取返しのつかないことが起こったときも同様に事態の収拾ができないことを示している。クレーの将来のことも踏まえて、奔放すぎる気質を不安視しているのだ。
 文字通り爆弾を抱えている少女はまだ答えを見つけ出せないようだ。「湖……? ええ……クレー湖に行ったかなあ……?」と頭を捻っているクレーに埒が明かないと感じたのかジンの視線が私へと移る。
「クレーが君に懐いていることもあって私は君をクレーの監督役に任命した」
「は、はい」
「騎士団本来の職務から外れた任務に就かせて申し訳ないとは思っているが、どうかクレーから目を離さないでくれるか。水曜日はたしかアンバーと秘境周辺の偵察に向かったと聞いていたが、そういうときはクレーも一緒に連れて行ってほしい」
「でもクレーを連れて行って危険な目に遭ったら……」
「クレーなら大丈夫だ。君もいることだし……クレーなら大丈夫だ」
 それは、うん、まあ、たしかに。
 愛らしい造形をしながらえげつない爆発を見せる"ボンボン爆弾"、小回りのきく体でそれと共に跳ね回りながら相手を圧倒していく姿を思えば、クレーが戦闘で不利になる状況などあまり想像できない。
 ただ戦力にはなってもまだ子どもなのだ。注意力は散漫だし足下が覚束ないときだってある。総合的な状況判断能力に欠けるのは何度注意しても湖の魚を爆破しようとする姿勢からも明らかだ。
 それにクレーが転んで涙目になりながらしゃくりあげるのを聞いてしまうとどうにもあの子を危険な場所へ連れていく気にならない。
 ジンにそう言えば眉間に寄った皺をさらに深くさせてジンは頭を抱えた。クレーにはやく社会性が身につき、やっていいことといけないことの判別ができるようになってくれればそれが一番いいのだが、未だ隣で頭を捻り続けている様子を見るにまだまだ先のようである。
「……あ! 思い出した!」
 はあ、と二人して溜息を吐いていればクレーが閃いたように声を上げる。
「クレー水曜日は湖にいたよ。でもね、お魚をドッカーンしてたわけじゃないの」
「じゃあ何をしていたんだ? 水辺の草は燃えていたと聞いたが」
「爆弾の威力を調べてたの!」
 爆弾の威力。たどたどしい言葉遣いで話しながら小難しい言葉が出てきたクレーに私たちは顔を見合わせる。
「お姉ちゃん言ってたでしょ、クレーが全部食べるわけじゃないのに、お魚をいっつも燃やしてたら湖の魚がいなくなって、もう二度とお魚が食べられなくなるって」
「そうだね、覚えてて偉いね」
「私もずっと言っていたんだが」
「漁師のおじさんたちは毎日お魚を取るのにどうしてお魚はいなくならないのかなってクレーが聞いたら、お姉ちゃんはお店に売ってあるお魚はおじさんたちが一日何匹って決めてるんだって教えてくれたでしょ?」
「うんうん」
「なるほど、そこまで教えたことはなかったな……」
「お魚が食べられなくなるのはだめだけど、クレーはお魚をドッカーンってしたいから……だからクレーは漁師のおじさんたちのお手伝いをすることにしたの!」
「ん?」
 クレーの突然の妙案にジンが首を傾げた。
「クレーがおじさんたちのお魚をドッカーンしてあげれば、おじさんたちはお魚を売れるし、お魚はなくならないし、クレーも我慢しなくていいでしょ? 別々にお魚を捕るからいけないんだよ!」
「んん?!」
 どうしてそうなったと言わんばかりにジンが戸惑いの声を上げる。対して今度は私が頭を抱えた。その話をしていたとき「クレー、おじさんたちに謝らなきゃ……」と落ち込んでいるのを見て、お魚がたくさん捕れる場所を教えて手伝ってあげればおじさんたちも許してくれるはずだと言ったのだ。そのときキラリと瞳が光ったのは立ち直ったからだと思っていたが、斜め上の閃きをしたからだったのか。
 そして残念なことに、クレーがこの後に何を言い出すのかもうっすらとわかってしまった。ジンに怒られるかもしれない、と遠い目をする。
「だからね、クレーも"漁業登録"することにしたの。でもクレー難しいことわかんないし、"保安上の点"から"騎士団の承認"も必要だって聞いたから、ガイアお兄ちゃんに"申請書"の書き方を教えてもらいに行ったんだ。そしたら"所有する漁船の名前"はクレーのドッカン花火を書けばいいって。"備考欄"にはみんな船の大きさとか重さを書くけど、クレーは爆弾だから燃える範囲とか強さを書けばいいよって教えてくれたんだよ。だから湖で実験をしてたの!」
 胸を張って自慢げに話すクレーはまるで「ほら悪いことはしてないでしょ」と言いたげだ。むしろ社会貢献してるから誉めてほしいと言わんばかりの期待に満ちた眼差しを向けている。
 ジンはすっかり言葉を失っていた。脱力し、参りきった様子で「クレーの指導は君に任せる、きっと上手く納得させてくれるだろう。私はガイアを探してくる……」と言って身を翻す。「これでも大人として社会のルールを教えたつもりだったんだがな」と言って食えない笑いと共にジンのお叱りを受けるガイアが目に浮かぶようだ。
 称賛の嵐が起こるとでも思っていたのだろう、私とジンが乏しい反応を見せたことにクレーは不思議そうな顔をする。クレーにバゲットサンドを渡して食事を再開するのはもう少し先になりそうだった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -