「先生、それ本気で言ってる?」

※タルタリヤがすこし可哀想な目に遭う

「先生、それ本気で言ってる?」
 声をひそめて問う公子の姿に鍾離は当然だと返した。不思議そうな表情にわずかばかり訝しむ様子を交えて公子の顔を見つめる鍾離に、そんな顔をしたいのはこちらの方だと公子は口元を引き攣らせる。
 到底食べられる代物ではない料理の数々、それらが卓上に並んでいるのを公子は気が遠くなるような気持ちで見つめた。

 ことの始まりは何だったのか。北国銀行が貸し付けた金を返さないまま国外へ逃亡しようとしている人間がいた。北国銀行はスネージナヤにある金融機関の一つで、ファデュイの利用率が最も高い銀行でもある。二つは完全に別の組織だが、ファデュイの活動拠点と化していることもあり助力を乞われて動くことは多い。逃亡を図っている貸し付けた相手とやらがどうにも腕の立つ護衛を雇い入れたという話を聞いた公子は暇つぶしに部下と共に出向いた。
 予想はしていたものの戦闘は実につまらない結果に終わり、気晴らしに港を歩いていたら二人に捕まった。料理をふるまってくれるそうだ、と話す鍾離の声がやけに弾んでいたので、広い知識を有し一流を見抜く鍾離が太鼓判を押す料理なのだろうと公子も相伴にあずかることにしたのだ。
 そうだったそうだった、と公子は一人頷く。そして判断を間違えた、とも考えた。
 料理を振る舞う彼女へ鍾離は明らかに人並以上の好意をよせている。鍾離に自覚があるかはさておき、これまでも彼女相手に鍾離が浮ついた言動を取っているのを公子は何度か目にしていた。理知的でない発言をしたり、彼女に気を取られすぎて道に迷ったり。
 やわらかい表現を除いてしまえば、鍾離は彼女を前にするとてんで使い物にならないのだ。それを知っていて鍾離の態度を都合のいいように捉えてしまったのだから、現状を招いたのは自分の判断ミスだと公子は内心で鍾離に非難を送っていた己を叱咤する。
 今に至る経緯には納得ができたとして、実際目の前に並ぶ料理については扱いかねた。味覚に暴力的な訴え方をしてくるこれらをこれ以上口へ運ぶにはずいぶんと勇気がいる。公子に著しい偏食や好き嫌いはない。多少の問題があろうと出された食事は平らげることにしているがそれにしてもこれは……ひどい。見た目は美しいぶん精神的に参ってしまった。
 だがもてなしを無下にするのは璃月の伝統に反する。彼女を悪し様に言われるだけでなく伝統を蔑ろにするとなればいよいよ鍾離が黙ってはいない。
「どうした公子殿、顔色が悪いぞ」
 鍾離はただ公子を案じただけだが、追い詰められている公子にとっては多大なる圧が込められているようにしか聞こえなかった。──どうした公子殿、箸が進んでいないぞ。あまり食欲がそそられないと言いたげな顔をしているな。まさか食べられないとは言うわけではないだろう、彼女の振る舞う料理を、璃月の伝統を無視してまで──。
 ここに旅人とその連れがいれば、あの二人であればたとえどんなゲテモノでも本音を隠して「美味しいよ」と食べるに違いない。君のこと本当に尊敬するよ、と公子は脳内の相棒に喝采を送る。だが旅人は自分でも料理をすると話していた。料理を作る側からすると、作ったものを残すことがどれほど厚意を裏切ることか理解しているのかもしれない。
 ありもしない妄想を繰り広げる公子は、冷や汗を流しながらも心の相棒からの応援を頼りに料理へ手を付けた。グ、と喉奥から零れそうになる苦悶の声を気力で抑え込む。
 彼女の料理を褒めちぎる鍾離の言葉などもはや公子は気にならなかった。叔父の店で給仕として働いている彼女はいつか厨房で働くのが夢らしい。叔父の店は新月軒に次ぐ月菜の権威であるため競争率が高く、自分ではまだまだ力不足だと笑う彼女に自信を持つよう鍾離は激励する。叔父とやらが彼女を厨房に立たせる日は永遠にこないだろうなと考えながら公子は箸を動かす。
 海鮮のサラダを見て少々顔色を悪くさせた鍾離に「それ食べてあげるから先生こっちを食べてよ、箸にまだ慣れなくてさ」とそっと話を持ち掛けて食事をさりげなく鍾離へ回しながら、公子は無事恐ろしい時間を乗り越えたのだった。

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