たまや

「ん、何だ? すまない、集中していて聞いていなかった」
 彼は作業の手を止めて顔を上げる。額に浮いた汗を拭うとそう言った。
 龍水くんって器用だよね。彼の作ったボトルシップを見ながら私はそうつぶやいた。ただの独り言でしかなかったから拾ってくれなくてもよかったし、ここへ来るたびにいつも似たようなことを言うのだから作業をしながら適当な相槌でも打ってくれればいいのに、彼は毎回律儀に対話を試みる。器の広さもここまでくれば変人、奇人の域だろう。
 手元の模型を見て「器用かはわからん。が……集中力と根気強さが必要な作業ではあるな」とつぶやいた。既製の模型を組み立てるわけではなく、自ら設計を行ってディテールにまでこだわった目の前の模型は、言われたとおり器用なだけで組み上げられる代物ではなさそうだ。
 器用であっても不器用であっても、私では模型を完成させられない。つまりはそういうことなのだろう。
 一人で納得していれば龍水くんは本格的に作業の手を止めてしまった。なんだか申し訳ないことをしたな、と思っていれば休憩するのか先ほどフランソワさんが運んできた食事に手をつける。初めは湯気が立ち上っていたそれも時間の経過とともにすっかり冷えてしまったようだ。だけどフランソワさんのことだから冷えることも織り込み済みなのかもしれない。彼は気にせずに食事に手をつける。
「貴様は俺に賛辞を送りに来たわけではないのだろう、違うか?」
 テーブルマナーは崩さずに、品良く彼は尋ねた。
「うん。ほら、この前花火が上がるって言ったじゃない?」
「先週末の花火大会か。家のベランダから見れると話していたな」
「そうそう。それを友達と見に行ったんだけど、有名な花火師が来てたらしくてシークレットで最後のほうに上がったの。本当にすごかったから龍水くんにもおすそ分けしようと思って……」
 話しながらスマホをスクロールする。写真を探しながら「ちょっと待っててね、量が多くて……」と一瞬だけ視線を投げれば、彼が意表を突かれたような顔をしていたので私も驚いて二度見した。
 龍水くんは伝統芸能が好きだ。最新の技術、それを生み出す人々さえ欲しいと口にする人だけど、古き良きものも大事にしている。あんなに綺麗な花火を見ていないのはもったいないと思ったし、彼は間違いなく気に入るだろう。
 だからそんな反応をされるとは思わなくて少しだけ焦った。
「えと……これ、なんだけど……」
「……たしかに美しいな。実物はさぞ圧巻だっただろう」
「これは一番最後に上がった一番大きい花火なの、その前に小さめの花火もいくつか上がったんだけどそれは動画で……ほらこれ!」
「ほう……」
「綺麗でしょ……!」
 彼は「欲しいな」と口にする。船が完成したら、処女航海の日に盛大な花火を打ち上げさせようと続けて、花火師にスケジュールをつけさせることが可能かのような口振りだ。
 私は心の中でガッツポーズをした。彼の「欲しい」を引き出すのは案外難しい。おそらく世界のすべてを手中に収める気ではいるのだけど、大抵のものは手に入れて当然といった感覚だ。彼がわざわざ「欲しい」と口にするときは、その価値をあらためて認められる気がした。
 満足感から鼻歌を歌って写真をスクロールする。龍水くんはパンを一口大に千切った。
「花火も美しいが、俺にはその前に写っていた美女が気になるな」
「え?」
「だれが撮影した? 良く撮れている」
 友達の中には女子もいたけど、彼が知らない顔ぶれだっただろうか。ただ背景として写りこんだ人のことを尋ねるわけもないし……と先ほど見せた動画の前の写真とやらをタップする。一覧表示から拡大された写真には、他のだれでもない私がりんご飴を片手に持って笑っている写真があった。
 龍水くんに見せたかったなあ、とつぶやいたのを友達に拾われて、撮ってあげるからあとで見せたらどうかと提案されて撮ってもらった一枚だ。お祭りの浮かれたテンションでモデルみたいにポージングしてしまって、なのに緊張してどこか表情はかたく、後から見返したときにとても見せられないと思った写真だ。
 見せるつもりがなかったものを見られてしまった羞恥心で顔が熱い。しどろもどろになりながらどう言い訳するか考えていると龍水くんは私の手からスマホを奪い取ってまじまじと写真を眺めた。奪い返そうと手を伸ばしても、高身長の彼とは腕の長さが違いすぎて敵わない。龍水くんは不敵に笑う。
「俺に話を持ちかけておいて友人と見に行ったと聞いたときは意外に思ったものだが……大方、模型船にかかりきりだった俺の邪魔をせずに俺の気を引きたかった、そんなところか。賢しい奴は嫌いじゃないぜ、おかげで俺は貴様の浴衣姿を見たくなった。その花火師とやらを数日中に手配しよう」
 邪な考えが少しもなかったと言えば嘘になる。実際、惜しいと思ってくれたみたいだから大収穫なのだろう。でもこの日以上に着飾って来るのを期待していると言って髪を梳かれてしまっては、唇をわななかせるばかりで喜ぶどころではなかった。

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