街角

 とてつもない爆発音がした。かなり近い、と身構えたときにはもう遅く、風速何メートルか知れない風が体をさらった。それでも、アスファルトに打ち付けられたと理解するには多少の時間を要した。目の前で起こった事実でも、自分の予想を超えた出来事に対してはすぐにキャパオーバーするのが人というものらしい。凹凸に皮膚が食い込み、擦り剥いているのだろう痛みを知覚する。敵が暴れている。衝撃波がこれほどまでに早く届くなんて、相当近かったか、相当威力が大きいかだ。変に冴えた頭で考えていた。このままここにいては非常に危険だ。
 逃げるために体を起こし立ち上がる。……が、足に力が入らない。というか痛い。吹き飛ばされ着地したときに捻りでもしたのかもしれない。
 最悪だ。最悪だ最悪だ最悪だ。こんな威力の爆発を躊躇なく撃ち放つなんて、相当危険な敵に違いない。相当な音だったが、人通りの少ない場所で騒ぎになっていないからかヒーローの到着も遅い。このままでは逃走を図る敵に遭遇してしまうかもしれないのに。どうして足を捻ってしまうんだ。
 あまりにもタイミングの悪すぎる失態と自身の不運を呪うも、状況は一向に変わらない。しまいには最悪の予感通り喧噪が近づいて来て本格的に血の気が引いた。
「手間取らせんなザコが!……あ?んだオラ何見て――」
 ああお父さんお母さん、親不孝な娘でほんとうにごめんなさい。角を曲がってきた敵は何故かお仲間を縛ってはいますが顔も言動も恰好も紛うことなき敵です。何だあの手元についたあからさまな手榴弾。こわすぎか。


 おお神よ。なぜ彼に正義に輝く瞳をお与えにならなかったのです。
「どうだった」
「モンダイアリマセンデシタ」
 獲物を狙う鷹のような目でこちらを凝視しているあまりのおそろしさに足の痛みなど吹っ飛んでしまったのだが、同時に竦み上がっていたために逃げ出すこともできず、ただただ涙目でこちらも彼を見ていた。もう少しで「どうか命だけは」と懇願する言葉が出そうだったときに遮った彼の言葉は「あークソ、誘導間に合ってねぇのか…」だった。
 ユウドーって何ですか。犯罪を目撃される前に人を殺める兵器の名前か何かですか。
 どこか狼狽した様子にも受け取れる言葉に耳を疑い頭も疑った私は全力で目を点にした。せめてもの抵抗である。それから実にヒーローかと誤認してしまう対応の数々を受け判明したのは彼がヒーローであるという事実だった。あれほど凶悪な眼光をしておいてそんな馬鹿な。
 彼が捕縛した敵は無事警察へ引き渡され、私は大事を取って病院へ向かった。というか病院へ向かうにも痛みで歩けないのでなんと背負ってもらってまで診察を受けていたりする。受付のおねーさんが「きゃ!最近人気の……!」などと言っているのを聞いてこの人ほんとうにヒーローなんだなあと思った次第だ。いや疑っていたわけでは、ないわけでは、ないが。
 そして「制圧指定区域を大きく逸脱し、無関係の一般人を巻き込んで怪我をさせた」と神妙な顔をした刑事さんにより下された処分が「そのまま家まで送り届ける」ものだった。ざっくり言えばこんな運びで現状の会話へと繋がる。私は処分のためのツールですか。
「バクゴーさんは有名なヒーローなんですか?」
「……知らねぇのかよ」
「えっ、あ、すみません。あまりテレビとか観なくて」
「……」
「ゴキブンヲガイサレマシタカ」
「別に」
 そっけない返事に反射で謝る。ヒーローは競争社会だから知名度は気になるのかもしれない。こうして話してみると彼の顔をさほど怖いとは思わない。さきほどの威圧感は交戦中だったから殺気立っていたと考えれば納得だ。だからって怖かった事実は消えないけどね。反射は全てを物語るからね。
「今年から相棒やってる。まだ知らねぇのもフツーだろ」
 バクゴーさんはご丁寧にそう返してきたが、まだってことはいつか誰もが知るヒーローになるつもりってことなのかな。言いそうだなこの人なら。
 それにしても、ヒーローがこんな不愛想でいいのだろうか。いや、別にヒーローが純然たる正義のイメージを提げて活動しなければならないわけではないのだが。私でも知っているオールマイト辺りはずっと笑って現場に現れている印象が強いし、メディアに出るヒーローは誰もが笑顔を浮かべている気がした。バクゴーさんは、あまり笑わない。今も眉間に皺が寄っている。すごく。すごく寄っている……やっぱりさっき私が言ったこと気に障ったんじゃあなかろうか……。
「!おい」
 ヒエ、と心中で悲鳴を上げていると足先を地面に引っ掛けてしまった。ゆっくりと近づいてくる地面を見てぎゅっと目を閉じる。
「あぶね……」
 今度はバクゴーさんに支えられて事なきを得る。やってしまった、バクゴーさんの横顔見ながら歩くんじゃなかった。増していく痛みに思わず顔を歪める。もちろんおあいこですね!なんて言える雰囲気じゃない。何が一番やってしまったかって、そう、抱き留められたせいで至近距離にある顔がめちゃめちゃ怖い。これは逆鱗に触れたやつ。多分「俺の監視下にいたのに怪我を悪化させやがって」てやつ。
「よそ見すんなク、……」
「……ク?」
 冷や汗だらだらで途中で言い淀んだバクゴーさんの言葉をオウム返しに口にした。あの、何を言われるんでしょう私。すみませんでした。チョーシ乗ってほんとうにすみませんでしたァ!!
「…………なんっでもねーよ!」
「クソですか?」
「言ってねぇだろ!それとも何だ言われてェのか!ア!?」
「スミマセンスミマセンスミマセン」
 だから至近距離でそんな般若みたいな顔するのやめて!悪かったからほんと!言わないようにしてくれたのに掘り返した私が悪かったから!
 体勢を元に戻してくれたバクゴーさんは、何故か罰の悪そうな顔をすると小さく舌打ちした。何となく気づいてたけどこの人ほんと態度悪いな。まあ今のは私のせいなんですけどね。そして何を考えたのか突然私に背を向けしゃがみ込んだ。後ろに差し出された腕はまるで背負ってやるとでも言いたげな素振りをしている。
「ええっー……と」
「早よ乗れや。また捻ったんだろ、めんどくせェ」
「スミマセンホントシツレイシマス」
 慌てて背中に身体を預けると、彼は軽々と私を持ち上げて歩き出した。


 もう一生関わることのない人種だなあ。
 そう思っていたのだが。なんと私を無事家に送り届ける(無事じゃないけど)という任務を遂行し終えたバクゴーさんは、もごもごと何かを言った後「え?全然聞こえませんでした」と返した私に半ギレで「今度詫び入れっから連絡先教えろつってんだ!」と叫んだ。態度悪いけど多少慣れた、とか再び調子に乗って地雷を踏み抜いた感は否めない。できればご遠慮したい気持ちだったのだが、「とっととスマホ出せオラァ!」とメンチを切られてしまっては大人しくカツアゲされるしかないのだった。
 その日の夜、リビングでテレビを見ていると昼間の騒ぎが報道されていた。敵を捕縛するヒーローの姿を見て音量を上げる。画面を文字通り飛び回るバクゴーさん。これは……受付のおねーさんが歓喜したのも分かる気がする。とてつもなくかっこいい、気がする。顔は怖いけど。しかし、キャスターやインタビューを受けていた彼のファンらしい一般人が、全く聞き覚えのない名前で彼を呼称しているのを聞いて「あれ、バクゴーってヒーロー名じゃないの?」と首を傾げた。私は、何気にバクゴーさんに正式な挨拶をされていなかったのだと、そこでようやく気付いたのだった。
『次の日曜、昼メシ何食いたいか考えとけ』
 バクゴーさんからはそんなメッセージが届いていた。

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