0

 裏切り者だったなんてね、とベルモットが美しい顔を歪める。壁際に追い込まれた男はベルモットが持つ銃を警戒しながらも笑みを絶やさなかった。そんな男の反応が予想できていたかのように、ベルモットも歪んだ顔に笑みを浮かべている。
「私、貴方のことは結構気に入っていたのよ。だから残念だわバーボン……」
 場に緊迫した空気が漂っている。整った顔ほど、怒りや失望などの感情に塗れたときは恐ろしさを感じさせた。ベルモットの気迫を前にバーボンは端正な顔を歪める。
 もしバーボンがわずかにでも動揺を見せればベルモットも制裁の手を緩めたのかもしれない。だがバーボンはすぐに表情を取り繕い、追い込まれていることへの焦りを微塵も感じさせない態度を見せた。愚かな振りができないことへの愚かしさをベルモットは鼻で笑い、銃口を躊躇なくその頭へ押し付ける。
「いいんですか? 僕をここで殺せば、貴方が必死に隠そうとした真実まで明るみに出てしまいますが……」
「……情報を得ることに関してバーボンの右に出るものはいなかったけれど、脅し方ってものは知らないのね」
 バーボンの脅しを、飼い猫のささやかな抵抗を愛でるようにベルモットは一笑に付す。
「貴方を悪だと思って疑わなかったときこそ貴方の言葉を信じたわ。だけど貴方が裏切り者なら話は違う……場凌ぎの嘘だという可能性もあるでしょう? だって……組織のメンバーに私の秘密を広めるメリットが、裏切り者の貴方にはないんだもの」
 笑みを湛えたまま反論しないバーボンへほら見ろと言いたげに「ゲームオーバー?」とベルモットは尋ねた。
 ベルモットは自らの優位性を認識している。バーボンが何を口にしようと、ベルモットにとってそれは命乞いにもならない。だからこそあくまで優雅にバーボンを追い詰めた。
 欺かれていたことに対しては腹立たしさを覚えこそするが、ベルモット個人が組織への裏切り行為に対して嫌悪感や憎しみなどを抱くわけではない。この会話はベルモットにとって死を前にしたバーボンへの手向けなのだ。
 それと同時に、自身にとっての戯れでもあった。どれほど愛着を持ったとしても手元を離れれば途端に興味を失う、ベルモットはそうやって過ごしている。幹部の中では比較的気に入っていたバーボンという男も例に漏れない。バーボンは喋りすぎるというきらいはあるが、それがこの男の楽しい部分でもあるのだとベルモットは思っていた。
 男は期待に応えるだろうか。ベルモットはバーボンの出方を窺った。返答次第では日本人らしからぬ容姿に赤い桜を狂い咲かせることになる。
 バーボンの目と鼻の先で銃口が光っている。
「蘭さんを僕が保護します」
 ベルモットが一際強く銃口を押し付けるとバーボンは口を開いた。これまで聞いた声とは違う、凜と張るクリアな声にベルモットは引きかけていた指を止める。
「貴方は彼女をエンジェルと呼び、いたく気に入っていた……毛利小五郎の周囲をうろつく間は細心の注意を払えと再三僕に言い聞かせたほど」
「それが何? ……フッ、保護するですって……? 裏切り者だとわかった以上はもう貴方を信じない。日本の公安警察に守ってもらわなくたって、組織の手が届かないように私が手を回せばいいだけのことだわ」
 くだらない提案だと言いたげにバーボンを一蹴した。ベルモットの反応が予想できていたバーボンは怯まずに言葉を続ける。
「それでも、もし彼女が巻き込まれたらどうしますか? あの名探偵≠ェ大人しく貴方の注意に従うでしょうか?」
「そんなのわからないわ……二人は一般人、本来なら私たちへ繋がる手立てすら持たない子どもなのよ。こちらが徹底して遠ざければ関与できないに決まってるじゃない……」
「それこそわからない、彼の推理と危険を顧みない行動には目を瞠る……」
 バーボンは確信を得ているように断言する。ベルモットも思い当たるところがあるために被せて否定することはしない。
「もしそうなれば……もちろん貴方が助けることはできる。命を脅かされる彼らを導き、匿うことも……仮に組織での立場を失ったとしても、シャロン・ヴィンヤードとしてのパイプがあるでしょうからね。ですが積極的にそうすることは望まないはずです。貴方は彼女らに清廉であってほしいと願っている。裏社会の人間と関わってわずかにでも闇に触れること自体を嫌悪している……。ですが、僕であれば正しく彼らを保護することができます。法の下に、彼らをただ守られるだけの一般人として」
「……」
 バーボン──降谷は喉が乾いているのを悟られないように努めて冷静に声を出した。さすがの降谷も頭蓋を銃口で押し続けられる現状には緊張していた。
 どう言えばベルモットの琴線に触れるかを理解し、かつ交渉を順調に進めていたとしても、気まぐれな魔女の行動は魔女の心ひとつだということを、長らく共に任務に当たってきた降谷は嫌というほどに見てきた。
 ベルモットに銃を下げさせるためには降谷を生かす価値があると思わせなければならない。
「僕の正体を黙っていてくれるのであれば、僕は必ず彼らを助けると約束します」
「……貴方が約束を守るという保証はない」
「僕は、僕の信じる道を逸れるようなことはしません。組織にいたときも闇に落ちたつもりはない。貴方の高潔さは、僕をそういうところを気に入ってくれていたように思いましたが……」
 取引は対等でなければ成立しない。降谷は己に余裕がないことを悟られてはならず、かといって高圧的な態度を取ればベルモットが強硬手段に出る可能性があることも踏まえて慎重に会話をしなければならなかった。
 降谷の眼差しを見てベルモットが目を細める。
 しばらく降谷の瞳に虚言が潜んではいないかを探ったあと、突きつけていた銃口を離した。口元をわずかに引き攣らせているが、それさえもベルモットの美しさを引き立てるものでしかなかった。
「脅しは下手でも交渉は得意というわけね……これまで情報屋として機能していたのもそれを上手く使っていたのかしら」
「ご想像にお任せしますよ……」
「ああ……嫌な男。貴方の弱みを握りたいものだわ」
 豊満な胸の下で腕を組み、踵を返すベルモットを降谷は見つめる。かろうじて取引を成立させることができた安堵から脱力した。先ほどまで押し当てられていた銃口の感触が残っていた。


※本編ではオリジナルキャラクター(犯罪者含む)が多数出てきます。捏造など多々ありますのでご注意ください。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -