08

 ゼウスの依頼は完璧に遂行された。
 アメリカ人よりも日本の地理に詳しい本庄が人目から隠れられる場所を購入し終えていたようで、人里離れた山奥に長いプレハブの工場が設えてあった。見た目はどこにでもある日本の製造工場だ。もしここへ迷い込んだ人間がいたとしても、まさか人々を脅かす兵器が製造されているだなんて考えもしないだろう。
 工場内に続々と機械が搬入され、スタッフは早速設置を終えた機械の点検を始めた。彼らは拘束など受けてはいない。だが手の甲に板状の隆起を持つ者が数名存在し、その全員が覇気のない表情で作業に取り掛かっている。
 顔色の悪い遺伝学の教授に声をかけた。教授含め、誘拐されたスタッフは体にマイクロチップを埋め込まれているらしい。マイクロチップと言っても物は大きく、曰く青酸カリの入ったカプセルも一緒に埋め込まれているらしい。
 彼らに埋め込まれた特別なチップは、逃走や破壊工作を図ればこの計画の指導者に通知し、指令を受け取って内部の青酸カリを体内へ注入する仕組みになっていた。
 なんとも非人道的なことをする。ゼウスへの怒りは増すばかりだったが、僕が今彼を助けるわけにはいかなかった。自分で切開して取り出そうものなら家族が危険に晒される、そういう仕組みまで別にあるらしいのだ。
 精神的に追い詰められていた教授は今現在開発に取り組んでいる製品についてよく話した。内容は概ね僕たちが想像したとおりのものだった。
 ミス・ロレンシアの報告通り、スタッフだけに留まらず工場内にはマイクロチップの開発に関係のないシーケンサやPCRなど遺伝子実験の機器が多く導入されていた。
 一区画のみシートで覆われた機器が置かれただけの空間があったため近くにいたスタッフに質問すると「そこは有機半導体を作る場所になるそうですよ。電子デバイスは材料がすべてですから」という回答が返ってきた。
 工場内を我が物顔で歩けるのは僕が組合のトップに立っているからではない。組合とは、裏社会のビジネスを支配することを掲げた新興勢力だ。いくら依頼をした立場であるとしても、ゼウスが商売を横からかすめ取られるかもしれない組合に全幅の信頼を寄せることは有り得ない。
 ゼウス側がバーボンに好意的なのを察して僕が上手く立ち回った結果、僕のことを非常に気に入った役員はまるで旧友を自室に招くかのように散策する許可を与えたのだ。
 そうして気ままに工場を見学していれば、メインコントロールルームの環境を整えていた役員が僕のことを呼び出す。そろそろ工場を稼働させられる見通しが立って、次の段階へ進むための打ち合わせがしたいのだろう。つまるところ、志保さんの行方が掴めたのか進捗を知りたいのだ。
 工場をあとにしてコントロールルームの中へ入る。室内のモニタには工場内に設置されたすべての監視カメラの映像が映し出されている。
 早速志保さんの件を尋ねた役員にまだ調査中だと口にした。役員は落胆したが、まあまだ時間はあると言って僕を労う。ハカムも本庄もいない、二人きりの空間は非常にやりやすい。役員を誘導尋問すれば子どもたちの秘密基地並みに計画の全容が知れる。
 一つ目の巨人を冠した名はやはり生物兵器の名でもあったらしい。彼らはキュプロクスを使って社会を混乱に陥れるつもりはなく、富裕層から金を搾り取ることを第一目的としているようだ。そして得られた資金はもっと大きな研究の開発費に充てる。最終的に生み出す技術のことをシンギュラリティ・キュプロクス≠ニ称するらしい。
 コントロールルームにはいくつかの試作品も置かれていた。アメリカで生産したもののうち、いい仕上がりの製品をいくつか持ち込んだらしい。
 荷運びの際、持ち出せるものがないか密かに探していたが目ぼしいものはなかった。スタッフではなく役員自ら管理するのは当然か、とそれらを眺める。だが管理しているのか疑問なほど乱雑に置かれたそれらに盗む余地はありそうだ。
「私はね、小さいときから悪のボスに憧れていたんです。バーボンさん、いつか貴方たちも越えて見せますよ!」
 そう語る役員の瞳は希望できらめいている。
 興奮気味に夢を語る役員の注意が逸れている間に試作品を一つ掠め取る。ついでに昌也が製作したUSB内臓型のハッキングツールをパソコンのポートに差し込み、システムを突破して内部のデータもコピーした。
 僕の行動に気づく者はいない。今現在、日本でもっとも悪質な罪を膨れ上がらせている犯罪者たちは、僕が与えたテディベアを抱えて心地良い夢を見ている。



 彼女に預けた試作品は無事志保さんの元へ届けられた。試作品の分解は阿笠さんが担当し、コントロールルーム内にあったプログラムのデータは志保さんがオフライン環境で解析するのだと言う。
 僕の自宅へ戻ってきた彼女から聞かされてひとまずは肩の力を抜いた。これからしばらくは監視を続ける日々になる。公安がゼウスを逮捕するとなれば、罪状はテロ等準備罪にあたる。ただこれには罪状を満たしたと判断される要件があるのだ。
 まず、テロを目論む集団が重大な犯罪を行う組織的犯罪集団であること。次に、犯罪を計画していること。そして実行のための準備行為が行われていること。
 僕たちの調べでこの三つの要件は満たされていると判断できるが、テロ等準備罪が施行されてまだ数年しか経過しておらず、適用された例はほとんどないと言っても過言ではない。つまり手探り状態なのが実情だ。
 加えてゼウスはアメリカの企業、しかもこれまではきちんとマイクロチップを開発する企業として存在してきた。一般企業ではなく犯罪集団であると証明する必要があった。
 テロ等準備罪だけでは不安があるため他の罪状と合わせて逮捕しようと考えている。だからこそ、ゼウスを逮捕するためには、ゼウスに日本で違法行為を働いてもらわなければならない。
 だが、奴らが罪を犯すまでひたすら待ち続けるわけにもいかない。そのためにはある程度の誘導も必要だろう。必要なことはすべて行う、そのために組合の顔になることも許容したのだから。
 彼女のためにコーヒーを淹れた。ポアロに勤務した経験のせいでインスタントでは満足できなくなった僕は、ポアロを辞めたあとも豆を挽いてコーヒーを淹れている。
 コーヒーの入ったマグカップを受け取ると、彼女は湯気と共に立ちのぼる芳醇な香りに小さく笑った。普通の刑事だったらコーヒーを淹れるのはここまで上手くならなかったはずだと。
 彼女の言うとおり、潜入捜査先で必要に応じて新たな技能を獲得する必要があるせいか同僚には多才な人間が多かった。僕も例に漏れない。犯罪組織への潜入で、他の捜査官と比べてどれほど勘が研ぎ澄まされたことだろう。日本ではそうそう扱わない銃にも慣れきっている。
 同僚の中でも群を抜いて異質な技能ばかり身につけた僕にとって、ポアロで得たものは随分と穏やかだった。コーヒーの淹れ方、サーブの仕方、うららかな日差しを浴びて平穏を甘受する方法。
 潜入捜査を行なった人間は少なからず演技にのまれていく。新たな人格を作るのにも等しい精度を求められる演技から帰ってこられなくなるのだ。それを乗り越えるためには、いくつもの任務をこなしていくうちに自分と別人の演技とを切り離せるようになっていくしかない。どうなっても、自分が自分でなくなるような感覚に一度は恐れを抱く。
 それなのに、潜入捜査で得た技能はたしかにこの身に残っていて、いつしかそれらが自分を構築するひと要素になっている。
 この奇妙な感覚を彼女も僕同様に感じているのだ。彼女は僕と同じ景色が見えないと嘆いている。だけど僕たちは、いつだって本質的に同じ景色を捉えて生きている。
 マグカップを揺らしていれば、彼女がじっと僕を見ていた。視線に気づいて首を傾げれば慌てた様子で目を逸らしている。彼女の頬はほんのりと赤く色づいていて、自覚があるのか僕から隠そうとしているようだった。……見惚れていた、なんて思うのは自意識過剰だろうか。
「ほ、ほら! 犯人の目星がついたって話してたでしょ? 報告報告」
 慌てて空気を変えようとしているのがわかって口を緩めずにはいられない。自立し、達観しているのに、少女のような反応をすることもあるから未だに彼女のツボはわからないままだ。まあこうして距離は確実に狭めているのだから構わないか。
 犯人──本庄が、掃討作戦の折にシェリーを逮捕した記録がないと知るに至った原因となる人物についてはすでに警察庁のデータベース内に登録を済ませている。だからパソコンの画面にそれを映し出すのがいいだろうと思ってデスクに腰掛けた。
 作業していたままの画面が映し出されて彼女は瞬きした。
「……プログラミングでもしてるの?」
「昌也にAIの調整をしてもらってると、説明を聞く過程でわからない単語もたくさん出てくるから……必要に駆られてかな。やり始めると案外面白くて、ちょっと本格的に始めてみたんだ……」
「工学に興味なんてあった? それもこんな開発者寄りの技術に……爆弾処理も上手いことは知ってるけど……」
「何にでも興味を持つようにしてるよ。どんな知識が必要になるかわからないからな」
 目が滑るのだろう、コードの羅列を見ているようで見ていない彼女は、早く画面を変えて欲しいと言いたげにマウスを見た。おかしくなって思わず声を立てて笑えば彼女がポカリと僕の肩を叩く。
 要望通り、警察庁のサーバーにアクセスして該当の人物についてのページを開いた。現れた顔写真と名前を確認した彼女が「浅川諒……」とつぶやく。
 浅川諒、都内の大学に通う青年だ。短く切り揃えた髪をアッシュブラウンに染めて毛先を遊ばせている。容姿も素行も平凡だが、サークルの友人に誘われた賭け事をきっかけにギャンブルにのめり込んでいる。
 ギャンブルで借金を作り、その金を返すために他から借金をして、今度はその人物に金を返すために別で金を借りてくるという典型的なギャンブル依存症だった。
 借金を繰り返す生活は家族には隠しているようで、家族仲が険悪な様子は見られない。若くして借金を抱え込んでいるのは体裁が悪いという意識は働くのだろう。
 情報に目を通している彼女がふと再び顔写真に視線を戻して首を傾げた。見覚えがある、そんな動作に横から助け舟を出す。
「浅川諒……警視庁公安部の刑事、浅川譲の弟だ……」
「公安部の……!? 浅川……たしか組織掃討作戦にも参加して……それじゃあ」
「ああ。シェリーを逮捕した記録がないことを本庄が知ったのは彼からだと見ている」
 彼女は思い切り顔を歪めた。情報漏洩が警察内部の者によって行われた可能性がある、事前にそう話していても、いざ本当に内通者が浮上してしまえば不快感を隠さずにはいられないのだ。
 もっとも、現時点では兄の譲が情報を流出させた可能性は低い。警察内部から情報を得たかった本庄は、金に困っていながらも反社会的組織に金を借り続けている諒に警視庁勤務の兄がいることを知って、借金を肩代わりする代わりに情報を抜き取ってくるように言ったのではないかというのが僕の考えだ。
 何故そう考えるのかを尋ねられて、警視庁内からデータが持ち出された記録がないからだと答えた。過去の記録にアクセスすればログが残るし、紙媒体も同様に外へ持ち出す際には申請が必要だ。だから、兄の譲が掃討作戦の報告書を自宅で作成した際のデータがまだ残っていて、弟はそれをコピーしたのだろう。
 浅川譲については風見と共に行動している公安刑事からどんな人物かを把握している。
 仕事に誇りを持ちすぎて私生活に時間を割かずに、恋人ができても放置して愛想を尽かされ続けているような不器用な人間だ。浅川譲の報告書を見ても、真面目だが融通の利かない雰囲気が伝わる文章校正や物の見方をしていることがわかる。
 そんな不器用で真っ直ぐな人間性の浅川譲が情報を漏洩させるとは思えない。ましてや、弟のためにスパイの真似事をするとはとても考えられなかった。
「風見くんに確認させた方がいいんじゃない? もし兄が情報を流出させていたなら彼の処分を考えないといけないし……そうでなくとも、公安刑事からこの件について情報が洩れているかもしれない可能性は見逃せない。指導しなくちゃ」
「……いや現状維持でいこう」
 僕の情報までゼウス側に知られてしまったら。彼女の懸念は察することができたが僕は躊躇うことなく否定した。僕の言葉にどうしてと彼女が噛みついてくる。風見や僕を知る公安刑事が裏社会に潜入していた警察庁の人間について話す機会があるとは思えないが、何かの手違いで情報が流出するかもしれないと彼女は気が気ではないのだ。
「兄のパソコンからしか情報を得ていないなら心配することはない。浅川譲が奴らに協力していても……ゼウス側に流す情報を操作しやすくなるだけだ、むしろ好都合だよ」
 まずは浅川兄弟がどれくらいの頻度で会っているか、弟の交友関係についてをもっと深く調査することに時間と労力を充てるべきだろう。それから適宜情報を与えて泳がせる。
 具体的にどう動くかを提案すれば、彼女は細心の注意を払ってほしいと言うだけで異論は唱えなかった。



 組合の運営について話がしたい。
 ベアトリスからそう連絡が入って、初めて顔を合わせた際に招かれた店へ出向いた。先にワインを呷っていたベアトリスがひらりと手を振る。前のように奥まった場所にある機密性のある個室ではない。
「ごきげんよう」
 ほろ酔いのベアトリスは随分と機嫌よく自分の向かいの席を指し示した。
「ベアトリス、よくご無事で……。警察に目をつけられて大変だったと聞きましたよ……」
「そうなんです! わたくしってばついうっかりしてしまって……」
 僕と彼女が内通者を調べたりゼウスの監視を続けたりしている間、組合の人間は実に穏やかにビジネスを続けた。イゴールは大陸を行ったり来たりして日本に寄りつかず、ハカムもあちこちと飛び回っている。ヴォルコフスカヤらは平穏な日本を楽しんでいるようで仕事をすべて断ってまで国内を観光しつくしているらしい。
 その中、ミス・ロレンシアだけがハラハラと落ち着かない様子で日本を離れた。ベアトリスが危機的状況だと聞いて居ても立ってもいられない、そんな様子でわざわざジェット機を個人所有している友人に頼み込んでアジアを飛び出したのだ。
 自らの商売である海路という手段を捨てたことにひどく驚いた。日数はかかるものの、海のほぼ全域を支配しているのだから少なからず海路を使って国を移動する方が安全だろう。それなのになりふり構ずだれの目から見ても明らかに不安げな顔をしていたのは、二人の間にある絆が友人の枠を超えていることを示しているようでもあった。
 結局、丸一か月かかって航路と空路を使い分けながら二人は日本入りした。ミス・ロレンシアから連絡を受けたのが二日前のことだった。
 ベアトリスがここまで酔っているのは長く続いた逃亡生活と船旅の解放感からだろう。注文したワインが届く間、彼女を分析する。今なら普段は聞けないような情報についても探りを入れられるだろうか。
「それより、早速組合に依頼が入って無事商談を終えたのだとか! 素晴らしいですわ、依頼主は……知らない会社でしたけれど」
「ええ。貴方の広報活動は実を結んでいるようです……日本だけでなく国外にいる僕の友人も、三か月前より随分と多くの人々が組合のことを知っていましたよ」
「そんなに……!」
 パアッと纏う空気が華やいでベアトリスは今にも天を舞いそうなほど喜んだ。
 組合を結成してすぐ日本を発ったベアトリスは、組合の発足人であるにもかかわらず今のところ組合には一切関与していない状態だ。
 仕事で国外に向かったはずが、詐欺師としての稼業ではなくその国の有力者が開くパーティーに参加して回るという日々を過ごしていたのだから、組合の主要メンバーであるという自覚はそう高くないのかもしれない。
 ミス・ロレンシアから受け取った情報どおり、生まれに固執しているきらいのあるベアトリスは表で有力者との繋がりを構築し、同時に裏社会での地位も手に入れて、蜘蛛が獲物を絡め取るように自らの望みを叶えるつもりなのだろう。
 二流の詐欺師には少々不釣合いな規模の計画だ。僕は率直にそう感じていた。
 正直なところ、組合結成の際に集められたメンバーの中で主催のベアトリスが一番場に相応しくない犯罪者だった。ベアトリスについて調べてもたいして詐欺師としての輝かしい業績があるわけではない。それなりに人を騙して、それなりの報酬をもらっている程度の犯罪者だ。二つ名がないのも轟く偉業がないからだ。
 ミス・ロレンシアがベアトリスをバックアップするのがそれこそ不思議なほどにベアトリスは平凡だ。だからこそ当人も自らのルーツに固執するのかもしれない。
 犯罪者としても王族としても二流。たった二度しか顔を合わせてはいないが、僕はベアトリスをそう評価している。帰国してすぐ僕を呼びつける行動に、王族としての威厳も、イゴールのような格付けをしてやろうとする傲慢さもない。嬉し気に手を合わせて自分の作った組合の成功をただ喜ぶ姿は、ぬいぐるみを自慢するただの幼い子どものようだ。
 グビグビと豪快にワインを飲み干すので注いでやる。店のスタッフがいるのだから任せても良かったが、スタッフの手が空いていないときは男性が注ぐのがマナーだからだ。
 マナーは当然知っているのだろうが、バーボンが自分にワインを注いだという事実が相当お気に召したらしい。笑い声を抑えきれないほどの様子にすっかり毒気を抜かれる。
「そういえば、貴方のお仕事も無事終わりそうですね。死人を見つけ出すだなんて流石ですわ」
 心地良い美声のせいで、ベアトリスが口にした内容を聞き流してしまうところだった。
「……何の話ですか? 僕は今ゼウスの依頼しか受けていませんが……」
「ええ、ゼウスの。んん……? ゼウスのミスター・……ええとマネージャーの方からそう聞きましたけれど……あら、わたくし何かと勘違いしているのでしょうか……?」
 帰国した翌日、組合の初仕事に興味をそそられて大人しくしていられなかったベアトリスはゼウスの工場へ向かった。そこで技術開発の協力をしている日本人とあれこれと話をしたらしい。日本人の名前は発音が難しくてなかなか覚えられなかったが、かなり意気投合したと話すベアトリスの言葉を疑いはしない。
 ベアトリスが話した男は本庄で間違いないだろう。ベアトリスとゼウスの役員は無謀な夢を追い求める点で似た人種だ、本庄が個人的にベアトリスを気に入ったとしても違和感はない。そうなると、やはり本庄がベアトリスにした話は聞き捨てならなかった。
 死人を見つけ出す。本庄が探している死人は、シェリーこと宮野志保だ。
 二か月前、僕はゼウスの役員にまだ見つからないと言って以降は、シェリーの痕跡を追っているかのような報告を二、三件ほど通知したのみで、他に何も情報を与えはしなかった。生きているかもしれないなどと間違っても思わせてはならないのだ。
 現状維持のままでも不満を聞かされることがなく、催促もされなかったため、開発事業を推し進めるので手一杯なのだろうと思っていた。奴らの動向を監視してもそう判断できた。日本に疎いゼウスより、むしろ本庄自身をこそ警戒していた。
 本庄は一体どこで志保さんを見つけたんだ。
 酔ってはいても潰れるほどは酔っていないベアトリスに焦りが伝わらないよう、表情と語気を抑えながら本庄とした話の先を促す。
「どうにも保護を受けていたとかで、名前も何もかも別人になっていたから見つけられたのは奇跡だと話していた気がしましたけれど……たしか、貴方が見つけられなかったのも仕方ないって……」
 何を言ったかも覚えてないほど急いで僕は店を出た。脳内で警鐘が鳴り響き、考え得る限りの可能性が錯綜していく。一分一秒でも惜しい、このままでは志保さんが危ない。
 志保さんと共にいる彼女も危険だった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -