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 すれ違ってしまった道はそうと気付いた時には振り返っても見当たらなくて、もしかしたら私達は生きる次元さえ捻じれてしまったのではないかと疑ってしまうような感覚を覚えた。


 死にかけたネズミでも眺める子供のように残酷で冷えたなまえの視線が、
逃げようとみっともなく藻掻く私の視線を捕まえる。
「今、何て言った?」放とうとした言葉は恐怖からか、喉に張り付いて剥がれない。それでもなまえはもう一度同じ言葉を口にした。

「もう二度と会わないようにしよう」
「何故」

 縋り付く私の声を流れ落とす水面のような声が私に応える。

「三郎だってわかっているのでしょう。私たちの関係は死にかけた血みたいだ。これ以上の干渉はお互い利になり得ない」

 どろどろに詰まって進まない血。固まりかけて、あとは剥がれるだけの血。
どちらにせよぞっとするような例えだった。…それは決して恐ろしい比喩だからというだけでなく、背筋に悪寒が走るほどそれが今の私に似ていたからだ。


 だが、それをここで認めてしまえば一体どうなる?私は首を横へ振った。

「嫌な言い方はやめてくれ。きみがいないと私の道を照らしてくれるものがなくなる。私はこの先の道に迷うだろう」
「それは違う。私が灯火だというなら三郎は私に目が眩んで今、道に迷っているんだ」
「そうだとしても、灯りが突然消えてしまえばどちらにせよ迷うだろう」

 口論は得意だと自負しているというのに、私はどうしても砥いだばかりの仕込み刀のようななまえの口調が恐ろしかった。
少しだけ怯え、媚びるような私の語尾になまえの瞳は冷めて行くばかりだった。

「きみは優秀な忍でしょう。夜目は利く、すぐに行く道は見つけられる」
「…私は、それでもなまえから離れる未来は見つけられない」

 囁きながら、昔はよく私を怒ったり宥めたりした掌が向けられないよう、私の掌をあくまでさり気なく重ねる。それでもなまえは私のその意図に気付いてしまう。そして、何も言わず何も動かさないというのに、私はなまえが気付いたことにどうしようもなく気付いてしまう。

 私達は近付きすぎている。私達は遠ざからなければならない。
なまえが幾度となく私の胸を貫いた刃が今も胸の奥で小さな欠片となって指に出来たささくれのように残っている。いや、違う。ささくれだったらまだ良かったのだ。傷はいつしか癒えるのだから。

 私がいつか美しいと言った睫毛が上下揃う。もはや目さえ合わせられないことが寂しく、それでいて私に対する無言の弾圧が消えることにほっとしている情けない私がいる。
なまえはそっと溜息を空気中へと零した。

「そう、君という人間はその程度でしかないのか」

 雪解け水のせせらぎのような声音が紡ぐそれは、もう私に対する挑発の言葉ですらなかった。
どこまでも諦めて、冷えて、お互いの掌さえ暖め合えないというのに、私がせっせと繋ぎ続けた惰性という哀しい鎖が私たちの掌を結んでくれていた。



Sちゃん誕生日おめでとう


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