YU-GI-OH
レモンチョコレート

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 どうやらしたっぱざこっぱな私の部屋というのは、相手に使う気を用意する必要がないという点でみんなの暇つぶしの場所に選ばれやすいらしい。昨日はドロワ様がいらっしゃったし、昨日は来なかったゴーシュ様だってなんか大した理由もなくたまに話をしに来る。オービタルなんて毎日夜に近くなる頃必ず私の部屋にいる。……まあ、オービタルの場合は遊びに来ているわけじゃないけど。というかこれ私なんかには言われたくないだろうけど、オービタルは何いっても仕事遅い私のお尻を叩くよりもっとなんか有意義な仕事した方がいいんじゃないかと思う。まあ、それはさておき。とにかく私の部屋というのはわりと千客万来(特定人物に限る)である。
 そして、今日はついに初めて見るお方が私の仕事場にやってきた。

「ぼく、なまえさんに聞きたいことがあるんだ」
 くるんとしたレモンキャンディみたいな目が私を見る。
後ろで手を組んで首を傾ける、お人形さんみたいにかわいらしい男の子は天城ハルト様。天城カイト様の大事な、宝物みたいに大切なご家族だ。詳しくは知らないけど、天城カイト様の頭をえんえんと悩ませていた問題っていうのがようやく解決して、ずーっと遠いところにいたハルト様がカイト様の元へ帰ってきたらしい。時々オービタルを迎えにやってくるカイト様の顔も、遠目に見ていた頃よりはずっと明るく優しくなったような気がする。まあそれは私の気のせいかもしれないけど、とにかくハルト様が戻って来られたことは本当に良いことだ。
「何でしょう、わたし今夜の夕食なんて知りませんけど」
「ぼくは知ってるよ。デュエル飯。父さんと一緒に作るんだ」
「それはきっと美味しいですね」
「なまえさんはデュエル飯、好き?」
「好きですよ」
 ニコニコしながら尋ねられて、思わず笑顔で返す。食べ物はだいたいなんでも好きだし、ご飯ももちろん好きだ。デュエルはあまりしないけれど、デュエル飯が嫌いなわけがない。
「じゃあ、ホットチョコレートは好き?」
「もちろんだぁいすきです。レモンパイと一緒に飲むのが好きです。マシュマロなんか落として。美味しいんですよ」
 おすすめです、と胸を張るとまんまるな目がパチクリと動く。
「それじゃあレモンパイ、酸っぱくなるよ?」
「それが良いんですよ、甘いだけのレモンパイはレモンパイではありません」
「ふうん…、なまえさんはすっぱいレモンパイも好きなんだ」
「あっ、ハルト様もレモンパイ好きなクチです?それなら今度買ってきますよ」
「うん。レモンパイ、ぼくも好きだよ」
「じゃあ今度オススメのやつ買ってきますね、今度来るとき教えてください」
「また来ていいの?」
「もちろんですとも」
 脳内に『シゴトハ?』と呟くオービタルの顔が浮かぶ。でもまあ、オービタルもハルト様と話をしていたって理由ならちょっとくらい許してくれるだろう。たぶん。きっと。願望混じりに不満げな脳内オービタルを押し出そうと試みる。
「ねえなまえさん、兄さんのこと好き?」
 レモン色の目で私を見ながら出てきた疑問に私の脳内からオービタルが飛び出していく。
……これは一体どういう質問だろう。ハルト様が来たのはよくある無駄話混じり暇つぶし混じりの特に意味のない訪問の一つだと思っていたけれど、もしかして一種の面談だったんだろうか?こう、社員と上司…というかハルト様からすれば身内の仲を図るみたいな?まあ、家族の仕事仲間(仲間?)との仲が気になる気持ちはわからなくもない。
「ええ、もちろん。わたしはあ…カイト様のこと好きですよ」
「本当?嘘じゃない?」
「ええ」
「じゃあ、ぼくと兄さんどっちが好き?」
「……」
 おお、これは「仕事とカイト様どっちが好き?」に匹敵する難問だ。
喧嘩の最中に仕事と恋人を比べられたときには「そんな質問させちゃってごめんね」って抱きしめるみたいな答えが一番いいってどこかで見た記憶がある。けど、それは恋人でも家族でもなく今であったばかりのハルトさまへの返答としては間違っている気がする。というかさせちゃってゴメンも何もハルトさまは自ら望んでこの質問をしている側だ。
 となると、私の頭ではなんらかのテンプレートの引用ではなく質問そのものの回答をする必要がある。天城カイト様とハルト様。関係性で言えばカイト様の方が好きというのが正しいのかもしれない。なんてったって上司。カイト様は上司。
とは言え、じゃあハルト様の方がカイト様より好きじゃないのかと言われるととても悩む。天城カイト様にとって命より大事そうなハルト様のことを、カイト様よりは好きじゃないのだと言うことはカイト様を好きと言うこととイコールになるのだろうか。それでカイト様を好きというのはなんというか、ちょっと間違っているような気がする。
「…うーん、お二人とも一緒です。だってハルト様はカイト様の本当に大切な人なんですから」
「兄さんの大切な人だから?だから、ぼくのことも好きだって言うの?じゃあ、ぼくが兄さんの弟じゃなかったらなまえさんはぼくのこと好きじゃなかった?」
「えぇ?ハルト様ってむずかしいこと聞くんですね」
「ね、考えてみて」
「ううーん?」
 頭が混乱しそうだったけれど、他ならぬハルト様のお願いなのでとりあえず考えてはみる。カイト様の弟でないハルト様?いまいちピンとこない。というよりそれってハルト様なのだろうか。ハルト様がハルト様なのって、カイト様の弟であることを含むんじゃないだろうか。
考えているとますます混乱してくる気がする。「うーん」と重くなってきた頭が自然と傾く。
「……もしかしたらそうなのかもしれません。でも、そもそもハルト様がいなければカイト様は私の好きだと思うカイト様ではなかった気がします」
 ハルト様がカイト様の弟であることはカイト様がハルト様の兄であることと同じだ。つまりハルト様がいなければカイト様は今のハルト様の兄であるカイト様ではないということだ。うん。口にしてみれば納得できる理論だと思う。そう、だからハルト様がカイト様の弟でなければそもそもカイト様の方が好きだと思うかもわからない。カイト様もカイト様ではなくなるからだ。
「うん」ともう一度頷くとハルト様は氷が溶けるように笑った。
「ぼくもなまえさんのこと好き」
「それはとても光栄です」
 急な褒め言葉に少し驚きはしたけれど、きっとなにかがハルト様のお気に召すような答えだったのだと思う。良かった。相手が誰でも人間関係は良好なのが一番だ。机の端に手をかけて「えへへ」と可愛らしく笑うハルト様にこちらもにこにこしていると当然のような顔で扉が開く。今度は誰かと目を向ければ、まさにたった今話題になったハルト様のお兄さんがいた。
「…ハルト」
「兄さん!」
「あ、カイト様」
 弾む足取りのハルト様に駆け寄られたカイト様はちょっと微妙な顔をしてから私に目を向ける。
「…ハルトがすまない」
「え、いえいえそんな。いい時間が過ごせました!」
 謝られるようなことは全然なにも。と手を振ってからハッと机の上を見る。…カイト様、オービタルには謝罪したほうがいいかもしれない。遥か遠くまで飛び立っていった頭の中のオービタルを思う私にハルト様が明るい声で呼びかけてくれる。
「お話してくれてありがとう、ぼく楽しかったよ」
「良かったです、私もですよ」
 目線を合わせて頷く。よくわからない質問もあったけど、それでもハルト様がお元気そうで何よりだし。「今度レモンパイ食べましょうね」と約束すれば「約束だよ」と小さな小指が差し出される。そこに向かって小指を動かすと、意外としっかりした力で絡め取られた。
「だからなまえさん、兄さんのこともっと好きになってね」
「な、ハルト!」
「はぁ……」
 だからって何だろう。カイト様と私が仲良くなってハルト様にどんな得があるというのか。まあ、お兄さんがみんなと仲良い方が嬉しいのはそうだろう。
「はい、私カイト様のこともっともっと好きになりますね」
 何かが詰まったような声が聞こえて見上げると、カイト様は頭が痛い時のように額に手を当てて顔をサッと背けてしまった。


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