YU-GI-OH
先の星

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「私、あの星を飾るのが小さい頃の夢だったの」
「は?」

 駅前集合と言われた270°前にそちらへ辿り着けば、座りもせずなまえはやたらとでかい木を眺めていた。別に今日という日にそれほど早くたどり着いたことにいみはない。一つ、理由らしきものがあるとすればそれは璃緒の無言の圧力だろう。まさかクリスマスという一大イベントに相手を長々待たせるようなことは許さないとその目は口うるさく、そしてやたらと時間を聞かれた。三十分前につくだろうと思った時間に出て今着いたことには何も言えないが。
ホワイトクリスマスにはなりそうにもない空を見上げて見慣れたコートに近付く。紺よりも少し青に近いコート。確かに元々時間においてはひどく気を遣うタイプではあったが、この時間に既に立ちぼうけとはいくらなんでも早くないか。浮き足立つ人並みを縫って隣へ立つとどれほど前からいたのかコートに半分隠れた頬が赤い。確かに視界には入っているだろうにこちらを向く様子はない。一体何をそんなに見ているのか、視線を追って頭を動かそうとした矢先になまえの口が動いた。
「…星?」
 ツリーの先にある、あれのことだろう。とは思いつつ聞き返せば、なまえはぼんやりとした瞳で前を見つめながらぽつぽつとつぶやき始めた。
「うちね、小さい頃から一度もツリー飾ったことないの。いや、別にそれが特別どうしようもなく不満だったこともないよ。ツリーが無くてもクリスマスやサンタさんは来てくれたし。でも本当はいつもツリーを見るたび羨ましくてたまらなかった。ツリーがあるってことよりも、それを飾ることを出来たってことがとっても羨ましかった。だから、私小さい頃はいつか大きくなったら自分でツリーを買って飾ることが夢だった」
 夢見るような目にスッと現実が差し込む。肩を竦めたなまえがようやく俺を振り向いた。
「まあ、結局自分だってツリーなんて買ってないんだけど」
 大きくなってから、というにはまだ子供の括りにいる俺たちではあるがクリスマスツリーくらいならなんとか買える年ではあるだろう。ツリーの相場も知らず黙ったままの俺になまえは笑った。
「ね、凌牙は飾ったことある?」
「ずっと昔な」
 既におぼろなガキの頃の記憶、だが薄ぼんやりとしたクリスマスの中に確かにツリーはあった。飾っているその瞬間には覚えがほとんどないが、それはもはや意識しないほど当たり前の習慣だったんだろう。
「七夕じゃないんだけど、私あの星を飾れたらなにか願いごとが叶うような気がしてたの。横断歩道の黒を踏んじゃいけないのときっとおんなじね」
 もう一度遠くにある星を仰いだなまえは小さく身震いした。
「ちょっと早いけど行こっか。そういえば凌牙、ずいぶん早いけどなにか期待してたりした?」
「うるせえ」

 行く先は特別珍しくもない水族館だ。魚は嫌いじゃないが、大して代わり映えはしないというのにイベントがあるごとになまえがここを選ぶのはわからない。いつもは魚以外に存在するのは海藻や砂、せいぜい飼育員程度な水中で珍しく赤や緑の飾りが浮き沈みしている水槽に一頻りはしゃいだなまえは売店で小さな鮫のぬいぐるみを強請った。なまえの部屋に詰んであるそいつらの大群を思い出して買う必要性を問えば不興を買う。そいつらに埋れながら眠るなまえをなんとなく思い浮かべながら「鮫はそんなに群れない」と言えば「鮫じゃなくてぬいぐるみだよ」と澄ました顔で返された。売店にも用事はなくなり、建物から外へ出たのはまだ昼だった。そこらへんをうろついて暇を潰すと言うには門限まであまりにも時間が空いている。
「次はどうする?凌牙何かしたいことでもある?ないなら…ハートランド…は混んでるだろうし…うぅん」
 唸りながらなまえは小さなガラスの鮫を揺らす。まだ高い日差しを孕んで輝くそれを見てふと思い付いた。
「…なぁ」
 続く俺の言葉になまえはゆっくりと瞬きした。

 いかにもそれを押したそうな顔をするなまえにインターホンを押させると、聞き慣れた高い声が聞こえ相手を確認している様子もなく扉が開く。
「凌牙!なんでこんなに…あら」
「こんにちは璃緒ちゃん」
「こんにちは、なまえ。…まぁ」
 何一つ事情など知らない璃緒は、俺となまえを見比べると何故か一度首を縦に振ってなまえを中へと招き入れた。様子を伺う二つの視線を引き連れながら俺はまっすぐに物置へ向かう。そして奥へ押し込んだまま数年分の埃を被った箱を引き出した。フッと息を吹きかけると探していた物の名前が鮮明になる。
「クリスマスツリー?」
 璃緒の声が左後ろから聞こえた。頷いて箱を開くとしゃがみこんだなまえが璃緒を見上げる。
「あのね、これから飾るんだよ」
「まあ、そうなんですの…。凌牙、私が言った時は全然耳を貸さなかったのに」
 今にも笑い出しそうな声になまえはまじまじと俺の顔を見てから笑った。
「なんだよ、良かっただろ」
「ふふ、うん、まあそうなんだけど…あは」
 本格的に笑い出したなまえに釣られたような璃緒の笑い声も重なる。気まずさのような何かと不思議な居心地の良さを覚えながら俺たちの背丈よりかは幾分小さなツリーを起こした。

 箱に入っていた飾りはそれほど多くない。綿と、球体と小さな人形。ガキの頃に戻ったように一つ一つを手にとって枝にぶら下げ、小さな電球が繋がったコードを巻きつける。それなりに大切にしていたのか丈夫だったのか、昔と変わらないカラフルな光を見せるそれに二人は小さく手を叩いた。そして、最後に箱に残った金色にコーティングされた星を取り上げてなまえに手渡す。何処か気恥ずかしげな顔を見せたなまえは一度璃緒を伺ってからツリーの先端にそれを差し込んだ。実際にそうしている姿はなんとなく拍子抜けしそうなほどに呆気ない。それでもなまえはどことなく満足そうに見えた。
「…願いは叶いそうか」
 突拍子もない俺の言葉に、斜め後ろから不思議そうな璃緒の視線を感じる。俺をほんの数拍見つめたなまえは、吐息だけでそっと笑った。
「…そうね、叶った…ううん。ほんとはずっと前から叶ってた…そんな気がする」
 とんだロマンチストだと言いたいところだが、今ならそれも少しはわかるような気がする。一歩踏み出して優しい瞳で自分の飾った星を見下ろすなまえに並び、俺はその手の内にずっとポケットへしまっていた小さな紙袋を押し込んだ。


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