YU-GI-OH
貸与

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 レンタルショップっていうのは時々客にすごい無茶を強いる傾向がある、と私は思う。いや、人によってはきっと平気でなんでもないことなんだと思う。たとえば、頭と爪先を掴んですらっと縦に伸ばしたモデルのような人。もしくは平均身長の成人男性。そんな人はこの無茶は知らない…いや、たぶんそういう人は忘れちゃってるだけ。大人って時々そうだけど、どうして自分だって子供だったのに子供の目線とか気持ちとかをすっぽり忘れちゃうんだろう。

 まあそんなことをいくら内心で愚痴っていても、お目当ての棚に指先さえかからない事実は変わらない。仕方なく周りを見回すと、邪魔とばかりに端っこに寄せられた踏み台がある。見た目より軽いそれを棚に近付けて置き直す。周りにはほとんど人がいない。時間帯とこの辺りのジャンルのせいだと思う。一段、二段、そして三段。高くなった視界に向かいの棚ギリギリまで寄って背伸びして捉えたタイトルが入ってくる。良かった、やっぱりあった。パッケージの背中に指を掛けて引く。どうやら棚の中で押し合いへし合いのそれは思ったよりも自分の居場所が好きらしい。軽く引き寄せてもビクともしない本体をしっかり掴んで力を込めて引っ張る。絵本だったらスッポーン、とでも擬音が付きそうな勢いで私のお目当ては勢いよく抜けた。
「危ねえ!」
「えっ」
 突然、横から飛び込んで来た声に驚いて体が動く。…いや、違う。私が体を動かしたんじゃなくて、私の足元の方が動いたんだ。
床を滑って行く足元の動きについていけず、ぐらりと上体が倒れていく。天井の蛍光灯が眩しい。思わず伸びた手のひらが何かに握られた。そのまま勢いよく横に引かれて、体から知らない人影に突っ込む。私の手を握ってくれた人は頭に浮かんでいた想像よりもずっと小柄で、私と年も背も同じくらいな男の子は私にぶつかられてすぐ床に転がった。硬い物と硬い物がぶつかった音。
「う、うぁああ…ごめん、ごめんね!ごめんなさい!」
 慌てて閉じた目を開いて起き上がると、男の子は緑のビー玉みたいな綺麗な目を開いたまま固まっている。目を閉じる際、一瞬だけ視界で輝いた宝石みたいな色は男の子の瞳だったんだと少し驚いた。
「……」
「あ、あの…大丈夫ですか?ぐ、具合…悪いです?」
 やさしくやさしく声を掛けると色黒の男の子は声もなく飛び起きる。その勢いに押されるように二三歩後退すると、その子は拳を口元に押し付けて私から思い切り目を逸らした。な、何か問題でも…?恐る恐る見つめるけれど意識的なのか無意識でなのか、動く目線は私と合わない。戸惑う私を置いてけぼりに落ち着きなくきょろきょろした彼は、私の右手に持ちっぱなしだった映画のパッケージに気付くとそれを指差して止まった。
「それ…」
「え?あ、…この映画?」
 慌てて表面を向けると、男の子はそれと私を素早く見比べて目を光らせた。別に隠すようなものではないけれど、私と同年代で見る人はあんまりいないかもしれない。慌てて私が口を開く前に彼が唇に置いてた指をそっと離した。
「う、…運命だ」
「へ」
 じゃじゃじゃじゃーん。脳裏にあの有名な一節が流れた途端、彼は全体的な印象のわりに大きな手で私を握った。
「お、お名前は…」
「え、私は…なまえ」
「なまえさん…!」
 ぴかぴかするエメラルドが私の目を焼く。強すぎる光に顎を引くと彼は素早く立ち上がって、ズボンで払った手のひらを私に向け直した。
「俺、アリトです!」
「アリトくん…」
 色黒の手を握り返すと、私を軽々と引き上げたアリトくんは無邪気に笑う。
「あの、アリトくん平気?怪我してない?」
「もちろん、あれぐらいなんてことな…あ、いやなんでもないってことはないですけどなまえさんは…その…」
「私?私は大丈夫だよ」
「その、嫌ってことは…」
「へ?え、全然…?ありがとうアリトくん」
「そ、っか」
 ぽつんと呟くアリトくんから一旦視線を右手に動かす。運命、映画。この辺りを歩いていたってことからもしかしてそうじゃないかな、と思って私はもう一度映画のパッケージをアリトくんへ向けた。
「アリトくん、もしかしてこれ借りたかった?」
「え?」
 驚いた大きな瞳が「どうしてそれを」と言っている。きっとアリトくんは嘘が苦手なタイプだろう。
「これ、先にいいよ。私、べつに急がないし…」
 そもそもレンタルに急ぎって人もそうそういないだろうけど、それを除いても私は急いでない方に入る。それならこれを今見たがっている恩人に先を譲った方が間違いなくどっちからしても得だと思う。
ね、と差し出すとアリトくんは考える探偵みたいにゆるく握った手を口元に寄せてからほんの少しだけ赤くなって、まっすぐに私を見つめた。差し出した商品に伸びた指輪の付いた手。それは商品で止まることなく素通りして体の横に垂れ下がっていた反対の手首を握った。
「だったら、なまえさん一緒に見ましょう!」
「は、…ええっ!」
「なまえさん、急がないんですよね!」
 そ、そうだけどそういう意味じゃ…。いや、確かに今日ヒマだけど。
アリトくんの小走りに歩調を合わせると、「俺、アリトでいいです」と明るい声が店内に響く。「私も、なまえでいい」と返す私の左手にはアリトの手、右手にグローブ嵌めたゴツイ男の人が描かれた男くささ全開のパッケージ。流されるままアリトの隣に並んでレジに向かってカードをさしだしながら、これが本当はお兄ちゃんに借りてくるよう頼まれた映画だったということは墓の中にまで持って行こうと決意した。


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よかれと思って誕生日のあさりちゃんへ


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