YU-GI-OH
ペーパードリップ

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 麗らかな昼下がりというのはやはり優雅に珈琲を飲むに限る。と言っても今の俺の鼻を擽るのは、安っぽいインスタントの薫り。非常に不満ではあるが、先立つものがない我々が棲家で用意出来るのはせいぜいこの程度だ。味においても当然ブルーアイズマウンテンには遠く及ばないが、それでも無いよりはマシだ。どこまでも安っぽいフレーバーの珈琲をゆったりと口に運んでいると、随分と辛気臭い遊星がこちらに向かってくるのが見えた。が、何やら様子がおかしい。元々明るい性格の男ではないが、それにしても暗い顔をしている。
「どうした、遊星」
「ジャックか」
 声を掛けてやると少々驚いたような顔がこちらを向く。どうやら歩く先にいる俺にすら気付かず何かを悩んでいたようだ。一体何があったというのか。遊星は熱くはなるが単細胞というわけではなく、決して不注意で無用心な男でもない。そんな奴が周囲に注意が行き渡らないほど思い悩むという事への不審さに自然と眉が寄る。重ねて尋ねると、遊星はゆっくりと瞬きを繰り返してから瞼を数秒閉じ、口を開いた。
「なまえに、嫌われてしまったかもしれない」
 なまえ。一応、チームの一員である女…と言い表していいのかも不安な女だ。それがどうした、と見上げると遊星はそれを言葉にしたことでより実感を伴ったのか、もとより沈んでいた顔をさらに曇らせた。腹立たしいほどに情けない顔だ。何故そんなことでそこまで気を落とす必要がある。…と言いたいがこいつにはこいつなりになまえと色々とあるのだろう。全く以て理解したくはないが。
「ほう、何が原因だというのだ」
「ココアが切れてしまったんだ。俺がうっかりなまえの好きなココアを零して…」
「フン、それくらい何だというのだ。ココアでないと嫌だと駄々を捏ねるのなら代わりに口に水でもねじ込んでおけ」
「ジャック、お前が言うのか」
「何をだ」
 せっかく人が助言をしてやったというのに、何故だかいつもより多少冷えた眼差しが落ちてくる。なんだ、何が不満だと言うのだ。遊星は俺をおしゃべりだというが、むしろこいつは言葉が足りなすぎる。
「いや。やはり、いい」
「…仔細な子守の仕方ならクロウに聞け」
「クロウがいるならそもそもジャックにこんな話はしなかった」
「それはどういう意味だ遊星」
「とにかく俺は買い物に行ってくる」
「遊星」
「頼んだ」
 頼む、と言われてもなまえは一応子供ではない。ついでに意味なく男に守られるようなか弱いレディでもない。どこぞへ出かける遊星の背中を見送ってカップを持ち上げると白い底がちらちらと覗いた。さっと飲み干してお代わりを用意するべくキッチンへ向かう。そういえば当のなまえは今どこにいるのだろうか。ふと疑問が過った時、足の裏に嫌な感触が伝わった。ざり、と微かな音がし、慌てて足を上げる。髪だ。
よく足元見ると床の上で化け物が蹲っている。…いや化け物の方がまだマシだった。ペタペタと幾度か床を叩いた手がホラー映画のように俺の足に縋り付く。
「遊星…ゆうせえ…」
 俺は遊星じゃない。ええい、離せ!
一応性別としては女であるなまえを蹴るような真似は流石に出来ず、思い切り足を引き抜くとカエルを落としたような音をさせてもう一度床に沈む。
「ひどい」
 掠れたなまえの声が想像より遥かに弱々しく、一瞬動揺した。が、すぐに続いた声に気を取り直す。
「どこいったの、遊星…ひどい、おいてったの…。ううん、ちがう。ひどいのは、私」
 俺という存在に気付いているのかも傍目からは曖昧になまえは、ぼそぼそと呟き続けた。よくわからないが、どうやら一人で勝手に反省しているらしい。それにしても、こいつは遊星に一体どんな我儘を言ったというのだろう。
「おい」
「きっと遊星に嫌われちゃったんだね…うう、ごめんなさい遊星…うう、うっ…。嫌わないで。ごめんね、遊星…大好きだよぅ…」
 遊星が何をしに出て行ったのか教えてやろうかとも思ったが、涙交じりの声を聞いているとなんだかいろいろと馬鹿馬鹿しくなって踵を返す。ここで何かを飲む気が削がれた。仕方ない。後々クロウは煩いだろうが、やはりブルーアイズマウンテンを飲みに行くしかないだろう。今回は文句を言われる筋合いはない。悪いのはこいつらだ。
 足を進めると俺とすれ違いでキッチンを覗いたブルーノの「うわっ」という小さな叫びが聞こえた。次いで早足に俺の後を追って来たブルーノが「どうしたの、なまえあのままでいいの?」と俺の後ろからこそこそ潜めた声で鬱陶しく話しかけてくる。いちいち状況を説明するのも馬鹿馬鹿しい。手を振ってやり過ごす。
知らん。ほっとけ、バカップルだ。


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