YU-GI-OH
誰が駒鳥捕まえた?

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 昇降口っていうのは好きじゃない。人の出入りがやたら多く、ただ立ち止まっているだけで人の視線がやたらに掠める。一度蹴散らすように睨めば、俺を捉えていた目が蜘蛛の子のようにあちこちに散った。
「遅くなってごめんね!りょうくん…あれ、璃緒ちゃんは?」
「先に帰った」
「あ、そうなの…」
 明らかに落ちるトーン。わざわざあいつの伝言板みたいな真似はしたくないが、テンションの低いこいつも見ているのは気分が悪い。
「メシの準備があるんだと」
「あ、そっか!それなら仕方ないね、ご飯遅くなったらお腹空いちゃうもん」
 本当はただそれだけじゃなく、あいつがやたら機嫌良さそうに俺の顔を覗いていったことは黙っておく。鞄を持ち直して歩き始めるとなまえは小さな鴨みたいに少し遅れてから並んで着いて来る。
「ねえ、りょうくん」
「なんだよ」
「二人きりなの、久しぶりだね」
 耳に入った言葉が俺の頭にあった言葉と何一つズレがなく、思わず唇の内側を噛んだ。

 なまえが遅くて幸いだったのは、ただそれだけじゃなく、帰り道に知り合いがいなくなるということもある。俺の相槌が少ないことにも慣れているなまえは殆ど一人で楽しそうに会話を紡いでいく。
「だからね、私…あっ!」
 まっすぐに歩いてきた軌跡から急に外れたなまえの行く先を眺めると歩道を区切る柵の向こうに沈む太陽がある。普段と帰る時間がずれたせいで、こうしてあまり見かけない光景に出会ったんだろう。小学生さえあまり眺めない光景にじっと足を止めたなまえに仕方なく並んで柵に体を預ける。何も持たない手を細いそこに置くと、すぐ隣から伸びてきた手が俺の上に乗った。目で見ている時よりもずっと小さく感じたそれに驚いて思わず指が少しだけ跳ねる。
「夕陽だよ、りょうくん…。綺麗だねぇ」
「…ああ」
 うっそり目を細めるなまえの心を崩す気にならず、短く肯いた俺になまえがころころと笑った。じっと赤い空を見つめていたなまえの目が動いて、斜め下に流れる。俺の手の上に乗っていた手が一度離れてからそっと指をなぞった。背筋に何かクるものがある手つきだった。
「いいな」
 俺を見ることもなく呟かれた言葉の意味がわからなくて目を細める。聞き返すまでもなく、なまえは囁くような声ですぐに続けた。
「りょうくんの指輪、いいな」
 何年も一緒にいて、初めて聞く言葉だった。なまえは俺のつけている指輪について何か言ったことはなかったし、俺の前でまるで何かを欲しがるような台詞も口に出したことはなかった。
「指輪、欲しいのか?」
 どこかボンヤリとした顔で俺の指に触れていたなまえがハッと顔を上げる。沈む太陽に照らされただけじゃなく、瞳が輝いたように見えた。
「…買ってやるよ」
「え」
 心底驚いたような声を出して、なまえは俺の上に置いていた自分の手を抱えた。言われたことを噛みしめ直すように瞬きを数回繰り返してから素早く手を振る。僅かに歪む眉毛が困惑を映している。
「いいよ、いいよ。りょうくん、そんな…」
「欲しいんだろ?」
 重ねて聞くと、嘘が下手ななまえは視線をうろうろと泳がせて「そうでもないよ」と呟いた。
「遠慮なんてすんじゃねーよ」
 璃緒にはそんなものとっくに昔に捨てたくせに。次第にささくれ立つ俺に気付かない様子で、俺から目を逸らし続けるなまえは自分の指を弄くり回す。
「え、遠慮なんかじゃないよ…?そうじゃなくて、指輪って…ほら、人にほいほいあげるようなものじゃないし…」
 紡がれる逃げ道を塞ぐためだけに口を開いた。
「好きだ」
「…えっ?」
「俺は、お前が」
 急速に見開かれた瞳がマジックミラーのように俺を映す。花びらみたいな色をした口が小さく震えた。
「わた、し…」
 何かを言いかけた唇がそれ以上動かないよう喰いつく。言葉は、もう何一つ聞きたくなかった。迷子になったなまえの手のひらが添えるように俺の肩に触れる。気付かないふりをして唇を割って口腔に直接吹き込む。

 好きだ。
声にならない俺の声を聞いたようなタイミングで震えた睫毛に目を伏せて、縮こまる舌を貪った。


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