YU-GI-OH
甘藍の

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「…なあ、学校でなんか生き物飼ってたりしないよなぁ?」
「え?たぶん飼ってないんじゃないですか?」
 というより遊馬くん、僕に聞かれても困りますよぉ!と真月は軽く頬を膨らませた。まあ、そういえば確かにそりゃそうだ。
「…でも急にどうしたんですか?」
「いやほら、あいつ。キャベツ持ってるだろ?」
 まるでお使いの帰りみたいにキャベツを抱えて、女子が廊下を歩いている。制服の色からして同じ学年みたいだけど初めて見た光景だ。
俺が指差す方を見て、一度頷いた真月が首を横に振る。
「あぁ、違いますよ。あれ、何かにあげるものじゃなくて彼女のご飯です」
「キャベツが?」
「はい」
「…なんでキャベツなんだ?」
「さあ?僕は知りません」
 そっけない答えだけど、まあ、そりゃそうか。
「それより遊馬くん、行きましょうよ!」って腕を引っ張る真月に合わせて歩きながら、一度だけそいつを振り返る。俯きがちなその顔は見えなかったけれど、なんだか頼りない背中が目に焼き付いた。

 校内は案外広いしキャベツ以外の印象も薄かったし、そいつとは特に会うこともないだろうと思っていたけれど、その背中をまた見つけたのはそれからすぐ後だった。
 昼休みもほとんど終わっているから食べ終わったのか、キャベツはもう持っていなかった。その代わりに空いた片手を木に向かって賢明に伸ばしている。どうやら一番下の枝を掴もうとしているみたいで、踏まれた跡がない綺麗なかかとが浮いてる。
「なぁ、何やってんだ?」
 振り向く気配のない背中に向かって声をかけると、小さな生き物が驚いた時みたいに小さく跳ねて俺を振り返る。一瞬だけ丸くなった目が慌てて冷静なフリをするみたいに下を向いた。なんだか懐いてない動物がうっかり気を抜いてるシーンをみたような、そんな気分になる。
「……メモ、が…」
「メモ?」
 呟きと一緒に小さく上げられた手を辿って見ると、確かに途中の枝と葉っぱの間に白い何かが挟まってる。
「あー、あれか。…よし、ちょっとどいてろ」
「え?」
 驚きながら一歩引くそいつの横へ勢いを付けて、高めの位置にある枝に飛びつく。一度枝を掴めばその先は楽だ。少しだけ枝を登れば目当ての紙にはすぐ手が届いた。なるべく変に掴まないように気をつけたけど、上手く木に引っかかっていた白い紙はいざ引っ張り出して見るとかなりぐしゃぐしゃになってる。書いてある文字を読まないようにして下りると、様子を伺っている目が俺を待っていた。
「えーと、ちょっと汚れてたけど…ほら」
「あ…」
 変な跡がいっぱい付いた紙を受け取ったそいつは少しだけ目を大きくした。
「ありがと…」
 俯くみたいに頭を一旦落として紙を見つめる姿がなんとなく悲しげに見える。俺が何かしたわけじゃないとは言え、目の前でそんな顔をされると落ち着かない。どうしようかと思って、ふと頭に過ったのは印象的なキャベツ。…そうだ!
「ほら、これやるよ」
「……なに?」
「これはデュエル飯だよ!」
「…デュエルめし?」
「ああ」
 首をちょっとだけ傾けた頭に手を乗せて軽く撫で付ける。
「それ食って元気出せよ」
 凍ったように動かないまま、嫌そうな顔もしないそいつに親指を一度立ててから通り過ぎる。
なんだか晴れ晴れとした気分だった。



「あれぇ、どうしたんですか?」
 その真月のすっとぼけた声が教室の外から聞こえたのはその時からちょうど丸一日経った頃だった。聞こえてくる、独り言にしてはデカイ声に思わず入口の方をみるとそこから真月が顔を覗かせる。
「遊馬くーん、呼んでますよ」
 誰かに呼ばれるようなことをした覚えはねえけど。冷やかす鉄男に一回舌を出してから外へ向かう。
そこで真月の横に立っていたのは
「あ!昨日の…えっと」
 昨日メモをとってやった……。
…そういや名前聞いてなかった。
「…ぇ」
「え?」
「名前は…なまえ」
「なまえ?そっか、俺は遊馬!」
 よろしく!と言えば小さな頭が頷く。昼じゃないし当然かもしれないけど、今日持っているのはキャベツじゃなくて小さな袋だった。
「で、俺になんか用事か?」
 一応呼んだってことは何かあるはずだけど。俺が促すとなまえは頷いたか俯いたのかよくわからない動きをしてから持っていたビニール袋を俺に突きつけた。
「え?」
「受け取って」
「や、なんで…」
 よくわからないまま、意外と強引な手付きで押し付けられた袋を受け取る。小さな見た目から思ったより、少しだけ重めの無機質な袋。
うっすら空いている隙間から見えたのは透明な何かに包まれた白いもの。まさか、と思ってなまえを見るとその目は落ち着かなく瞬きをしながら俺の手元を見ている。
「…これ、デュエル飯?」
「昨日、もらったから。……ありがとう」
 小さなお礼と一緒に頭がまた少し下がった。それを見ていると、なんだかよくわからない嬉しさに自然と顔が笑顔になる。撫でやすい位置にある頭に手を伸ばして、昨日と違って今度こそ本当に撫でる。
「なまえ、ありがとな!」
 途端に、手の甲に軽い痛みが走った。弾かれて宙に浮く手に驚くと、なまえも驚いた顔で俺を見上げている。はっきりと合った目になまえが慌てた顔で視線を落とした。
「あ、わりい!撫でられるの嫌だったか」
「いやじゃない」
「へ?」
 声が聞こえなかったわけじゃないけど、反応が早くて早口だったから思わず呟いただけだったのになまえは俯いてもう一度口に出した。
「…やじゃ、なかった」
 ぽかん。
たぶん、その時の俺に効果音を付けるならそんなかんじだったと思う。まじまじと見てしまった俺になまえはさっと方向転換して、何も言わずに走って行ってしまった。
なにか引き止めたかったのに、言いたいことが思い浮かばなくて突っ立ったまま廊下の向こうを見つめる俺にふと声がかかる。
「へぇー、遊馬くんってなまえさんと知り合いなんですね」
 そういえば真月、今までずっと近くにがいたのか。静かすぎてすっかり忘れていた真月に向き直ると真月も俺と同じようになまえの走って行った方を眺めていた。
「なまえさんって変わってるひとですよねえ」
「んー…そうかぁ?」
「ええ、彼女変わってますよ」
 妙にはっきりした言葉になまえの何を知っているのか、と言いたくなってやめる。
俺だってほとんど何も知らないのに、俺は何を言いたいんだろう。
なまえがいた後さえ残ってない廊下で、腕の中にある重みだけが俺の知ってるなまえだった。


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