YU-GI-OH
ちょっとタンマ

main >> YGO


 遊馬、と俺のことを呼ぶ奴はたくさんいるけどその中で一番俺の名前をよく呼ぶ奴はなまえだと思う。
「ゆうま、男の子って甘いもの嫌いなの?」
 遊馬、というよりひらがなで「ゆうま」とか「ゆーま」と言っているように聞こえるのがなまえの呼び方の特徴だ。俺たちがまだ赤ん坊っていってもいい頃から俺の名前を呼んでいるせいなのかもしれない。
「俺は甘いものも好きだぜ?」
「そっかー。うん、そだよねぇゆうま甘いの嫌いじゃないよね」
 ころんと床の上で一回転したなまえのめくれそうなスカートの端を引っ張ってやる。俺の手がどこに触れようが全く気にしないなまえは仰向けで俺の部屋の天井をじっと見た。とっくに見なれてるもんだと思うし、特に模様替えもしない天井の何を見ているんだろう。なんとなく俺も寝転がって天井を見上げる。
「ねー、ゆーま」
「んー?」
「男の子ってえっちな本好きなの?」
「はぁ!?」
 ギョッとして跳ね起きるとうつ伏せになったなまえがじっと目だけで俺を見上げる。
「…………」
「…………」
「ゆうまも持ってる?」
「も、…ってねえよ」
「そっかー」
 嘘なんて吐いていないのになんだか嘘を吐いているみたいにドキドキする。ごろごろと転がったなまえがもう一度床に伏せてから肘を付いて体を起こした。
「どうしたんだよ急に」
「男の子って何が好きなのかなーって」
「なんでそんなの気にするんだよ」
「男の子にプレゼントしたいから」
 にこにこ明るく笑うなまえに肩の力が抜ける。
…でもプレゼントって、どこのどいつに?言い方からしてきっと俺にじゃない。鉄男か?委員長か?真月か?なまえがプレゼントをあげそうな顔を思い返す。でもあいつらにプレゼントをあげる理由なんてないしな。俺が知らなくてなまえとそこまで仲がいい男なんていないはずだし、まさかシャークとかカイトってことはないだろう。
 ふっと視線を感じて横を向くとなまえもいつのまにか起き上がって真横から俺の顔をじっと見ている。別にやましい事を考えていたわけじゃないけど、びっくりして体が動くとなまえは俺に向かって体を傾けた。
「…やっぱりゆうまえっちな本持ってるの?」
「ちげーよ!」
 俺が今考えてんのはそういうんじゃねえよ!
たぶんうっかり口に出したら「じゃあ、どういうこと?」とか聞き続けられそうで、俺は喉まで来ていた言葉を何とか飲み込んだ。
「ふぅん」
 首を倒したなまえは猫が伸びするみたいに俺の足の上まで腕を伸ばして寝転んだ。ちょうど足と足の間あたりに顎が乗る。
「なんのプレゼントだよ」
「ん?んふふ、ないしょ」
「内緒ってなんだよ」
「ゆーまに言わないってこと」
 くすくす笑う振動が足に伝わる。何だよそれ。俺に言わないって、それ何だよ。
「ゆうま?」
 機嫌良さそうに泳いでいたなまえの目が、俺を見て丸くなる。なまえが体を起こすのを待って俺は体を半回転した。
「怒ったの?」
「怒ってねえよ」
「怒ってる?」
「怒ってねえ!」
「…そお?」
 俺の正面に回ってくるかと思ったなまえは別にそうすることもなさそうで、俺は胡座に肘を付いた。…別に、俺は怒ってない。
 たぶん、一分くらい俺の背中を見たまま止まっていたなまえは立ち上がるとのんびりした歩き方で俺の部屋から降りて行った。何となく声はかけなかった。…いや、別に怒ってねえけどさ。話す相手もいなくなってやる事もなくなって、カードを取り出す。なんとなく出かける気じゃなかった。
「…遊馬、きみは女心をわかっていないな」
「うっせー」
 俺がカードを並べ始めてからいきなり出て来たかと思えば、アストラルは「やれやれ」とか言いそうな声を出す。女心とかそんなの今は関係ねえし、だいたいそれを言うならアストラルとなまえは男心っていうのがわかってない。
「ほう…」
 何だか勝手に感心したアストラルは腕組みを解いて俺を見下ろす。
「遊馬、それは『そんなの言わなきゃわかんないよ』というやつだ」
「…何だそれ」
 また変なテレビでも見たなこいつ。どこのテレビで見たかは知らねえけど、無駄なこと覚えてきて俺に使うのはやめて欲しい。
「なまえはどこへ行ったんだ?」
「知らねえよ、どうせ誰かのプレゼント買いに行ったんだろ」
「それでは帰ってきたらきみの思いをきちんと伝えるべきだろう。恋人と言えど他人は他人、言葉に出さなくてはわからないのだからな」
「はぁ?何だそれ…ってそもそも俺となまえは恋人じゃねぇよ!」
「ほう、そうなのか。では何だ?」
「なん…なにって」
 …なんだろう。友達?仲間?家族?幼なじみ?
どれも言うとなると何だか嘘っぽい。何も言えなくて口を開けたまま考える俺に今度こそ「やれやれ」と言ってアストラルはまた消えた。それ、どういう意味だよ。
 その時、下の階から騒がしい音がしてなまえの笑顔が覗く。
「ねーゆうま!見たことないカードパック見つけたよ!買って来ちゃった!開けよう開けよう!」
 片手にカードパックだけ握り締めてなまえは俺の横に座る。本当にカードパックしか持ってない。そしてどこか別のところに寄ってきたっていうには時間が足りない。
「…お前、プレゼント買いに行ったんじゃねえの?」
「え?…あっ」
 なまえが笑顔から驚いた顔に変わって口元に手を当てる。…本気で忘れてたらしい。
「…うーん」
 アストラルの真似でもしてるみたいに腕組みをして唸るなまえにはアストラルみたいな…なんていうか、生意気さみたいなのが足りない。結局すぐに腕組みはやめていつもの笑顔に戻った。
「まあいいや。ねえ、それよりゆうま早く中身見ようよ!」
 なまえがあんまり楽しそうに言うから、吊られて俺も笑ってしまう。…まあ、いっか。
「おう!」
「いいのあるといいね、ゆうま!」
 プレゼントも、なまえと俺の関係なんかも、今が終わってから考えればいいさ。


- ナノ -