YU-GI-OH
カクテルパーティ

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・あんまり関係ないけど学パロ


 彼女の声はよく透る声だ。
「天城くんって弟がいるの?」
 机に座りただ本を眺めていた俺の視界の端で、いつも踵しか見ない上履きの爪先が俺の方を向いていた。
「…なぜだ」
「なんとなくいそうだなぁ、って」
 学年指定の青い爪先は、大雑把そうな彼女の性格とはうらはらに綺麗に揃って床に着いている。
「一人いる」
「へえ、高校生?」
「いや」
「じゃあ中学生?」
「いいや」
 二つの質問を否定すると彼女は感嘆したような声を上げた。
「じゃあ結構年離れてるんだね」
「…そうだな」
 人の気持ちに無頓着そうな彼女は、それでも決して人のパーソナルスペースを侵さないような位置までしか入っては来ない。爪先しか見えなかった位置から視界を動かすと、廉直なまなざしと微かに触れた。
「虫かごとか持って虫捕まえに行ったりとかして遊んだりするんでしょ」
「…あぁ」
「カブト虫とか」
「いや、蝶だ」
 確かに見える範囲に彼女を収めながらも、文字列をただ脳に入れることもなくなぞっていく。明らかに友好的とは言えないだろうが、彼女は気に留めない様子で嬉しげに指を組んだ。
「わぁ…ちょうちょかぁ。かわいい、それじゃまるで宝箱だ」
 宝箱。鮮やかな色彩を持つ蝶が箱の中へ集まる様は確かにそうにも見えるだろう。
どこか夢見がちなその表現に、少しだけ反応してしまった俺に彼女は気付いてしまっただろうか。
「私もね、この間吹雪…ううん友達とかその弟とかとバッタ捕まえたんだよ」
「…みょうじも、バッタを?」
「うん!何匹か捕まえたよ。…ま、その弟とかってもう高校生なんだけど」
 なんだか子どもだね、と笑う彼女は確かに野を駆けるのが似合うだろう。きっと、その大きくなくとも聞き易いその澄んだ声で連れ添った仲間の名前を呼ぶのだ。
「なまえ、カイザーが呼んでるよ!」
「亮が?うっそ!」
 クラスメイトの呼びかけに、バネ仕掛けの人形のように立ち上がった彼女は俺に軽い断りを入れてから点在する机の間縫ってかけていく。見慣れた後ろ姿はこれもまた見慣れたように廊下に向かって半身を乗り出している。
「どしたの亮、…って何よ吹雪も優介もいるじゃないヤダー」
 彼女…みょうじの透る声は聞こえても、相手の声は聞こえない。それでも校内でも有名な三人が彼女と対峙して笑っているのは俺にも見える。
「亮一人だと思ったからどんな大事かと…」
 呆れたようなみょうじの声に天上院の指がその顔に伸びる。宥めるように丸藤の手もそちらに向かい、藤原の手のひらが彼女の頭に乗って遊ぶように揺する。
聞こえなくても、その口が呼んでいるものを俺は知っている。

 なまえ。みょうじの、名前。
みょうじと呼ぶ機会さえも殆ど無い俺には到底呼ぶことが出来ないそれをあいつらは何の拘りもなく呼べるのだ。
瞳を閉じて聴こえないものを遮断する。
「だって亮と違って吹雪とか優介だとどうでもいい時でも来るしさ」
 唇を尖らせた子供のような声音が俺の耳にまで届く。廊下や、教室の喧騒を縫って彼女の声は俺の耳にまで飛び込んで来る。ひどく親し気なそれに一瞬だけ苦い何かが胸を過った。
相手の返答を待つ沈黙が少しあって、それからもう一度彼女の言葉が始まる。
「うん?うん、…そうだ!彼、天城カイトくんって言ってねデュエルが強くって…」
 彼女の声が少しだけこちらへ移動して来る。話はまだ終わっていないだろうに、何をしようというのか。いやなんにせよ、彼女の声が途切れない限り疑問はすぐに氷解するだろう。

それよりも俺は聞こえてきた俺の名前をそっと切り取って、胸の奥に秘めた小箱に収める。よく聞く彼女の声でも、初めて聞いた俺の名前。
夢見がちな彼女の言葉を借りるのならば、これはきっと宝物というのだろう。


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