YU-GI-OH
Boule Boule

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「嘘だよ」
 なまえっていう奴は本当に疑い深い女の子だった。根拠なく言われた新しい知識を自分の知識として取り込む前にはいつも「嘘だ」と呟いて相手を疑わしそうに覗き込む。
でも、逆になまえが嘘だと言い返す時はそれが本当であって欲しいと願っている時だ。どうでも良くて、興味もないことならなまえは決して何も言わない。
だからなまえは目の前で指を回したトンボを簡単に捕まえられた時も、水の中でも花火が燃えた時も、ツツジの蜜を吸った時にも、嘘を知らない純粋な子どもみたいにきらきら笑っていた。
それを見るとなんだか胸がくすぐったくて、なまえをただ優しいだけの世界で抱きしめてやりたくなった。なまえはファラオよりよっぽど気ままな野良猫みたいな奴だったから、そんなの出来たことはなかったけど。

 俺がその心をくすぐるような気持ちに名前を付けられたのは、海が恋しくなってくるような時期だった。
なまえはいつまでたってもすうすうと空気が抜けるだけの草笛に一生懸命口を当てていて、俺は木に寄りかかってデッキを調整しながら時々なまえを見ていた。何となく座り直して木が頭を掠った時にふと思い出す。
「そういえば木に耳付けると時々水吸う音聞こえるんだぜ」
 何が悪いんだろう、という顔で葉っぱをくるくると眺め回していたなまえが勢いよく俺を見て瞬いた。
「嘘だ」
「ホントに」
 間髪入れないで俺が答えるとなまえは葉っぱを放って俺の隣に来て、もう一度「嘘だ」と呟いてから恐る恐る木に寄り添った。膝が土で汚れそうなのも構わずに擦り寄っていく姿が小さい子供みたいだった。俺が見守るなか、しばらく目を閉じて木に寄りかかっていたなまえは目をかっ開いて俺を見つめる。
「…なんか聞こえる」
「だろ?」
 驚かされた猫みたいに固まっていたなまえはみるみる顔を輝かせて俺に向かって身を乗り出した。
「ホント、聞こえた!」
 いつもその顔を見ると胸がむずむずするけど、繁った葉の隙間から漏れる太陽の光に照らされたなまえの顔を見た俺の胸はむずむずというよりぞわぞわした。びっくりするぐらい心臓がぐらぐらした。でも、俺の顔が急に熱くなったのはそのせいじゃなかった。
炭酸が弾けるみたいに、熱くなった心の奥からぱちぱち跳ねる気持ち。俺にだってなんとなくわかった。その「好き」っていう気持ちは、ヒーローとかデュエルとかそういうんじゃなくて、いわゆる「恋」ってやつ。
 そう思うとなんだか急になまえの顔が見ていられなくって俺はそっぽ向いた。「どうしたの?」って不思議そうな声を背中で聞きながら膝立ちで草の上に置いてたカードを拾う。視線を俺に向けながらも特にアクションとらないなまえと逆に、カードをホルダーに押し込めた俺は全く視線を向けずに「俺さ」って口を開いた。振りまくったソーダみたいに、なんというか、俺はすごくはち切れそうな気分だった。
「俺さ、なまえが好きだ」
 いざ声に出してみると実際の気持ちよりずっと静かで短い言葉だ。逸る俺と違ってなまえの反応はずいぶん鈍かった。
いや、それほどじゃなかったのかもしれないけど、なまえの一言は俺からすれば永遠みたいな沈黙のあとだった。
「…嘘だよ」
 それは、なまえが本当であって欲しいと望んだ言葉。心臓がいつもの倍の大きさになってしまったんじゃないかというほど胸が苦しくて、そして熱くて振り向く。そして、俺は止まった。

 ちがう。

 力なく地面にぺったり座り込んでこちらを見上げるなまえに、すべての血が足下まで下がったような気がした。
「嘘だよ」
 そう呟く空虚な瞳は網膜だけをそこに置き去りにしたようだった。そう、その言葉は疑念じゃない。それは拒絶で、そして排斥だった。
よろめく体を支えるような形でなまえの肩に手を置く。掴もうとした手に入るのは、恥ずかしいほど弱々しい力だけだった。
「ちがう、嘘じゃない。好きだ」
 好きだ、俺はなまえが好きなんだ。
項垂れるように見下ろしたなまえの瞳が「真実」を飲み込むブラックホールに見えた。
正直に言って俺はこわかった。
「すきだ」そう言い続けていないとそれが本当に嘘になってしまいそうで、俺は条件反射のようにただただ口走っていた。好きで、好きで本当に俺は好きなのに、光よりずっと遅い言葉は寂しい闇に飲まれてなまえに届くとは思えなかった。

「嘘だよ」


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